オリジナル小説サイト「渇き」

恋愛小説、純文学、エッセイを扱った小説家・佐倉愛斗オリジナルサイト

青嵐吹くときに君は微笑む 07

←前のページ 目次 次のページ→ 「んん……」 目を覚ますと、シトラスと太陽の香りがするベッドの中に居た。頭の中で誰かが鐘を叩いているような痛みとベッドに沈み込む身体の重さに驚く。 見渡すとシンプルに片付けられた寝室だった。クローゼットと机とベッド…

青嵐吹くときに君は微笑む 06

←前のページ 目次 次のページ→ 食後、酒本先輩は滴をこっちこっちとリビングの戸棚に呼んだ。俺は雪の六角模様が描かれたこたつの中に入る。戸棚の上の男二人に挟まれた先輩の写真。一人は背が低く色白で、もう一人は体格のいい強そうな人だ。あれがどうにも…

青嵐吹くときに君は微笑む 05

←前のページ 目次 次のページ→ 「これって」 「マンションじゃなくて、億ション?」 コンサートを終えた翌週末。俺と滴は酒本先輩の案内で先輩の自宅に来ていた。 目の前には高くそびえる高層マンション。層だけじゃなくて絶対家賃も高いやつ。俺と滴は寒さ…

青嵐吹くときに君は微笑む 04

←前のページ 目次 次のページ→ 「名古屋調子はどうだー!」 「いえーい!」 「今から俺ら五人がお前らを幸せにしてやるよ」 「きゃああああああ」 えー、すごいです。すごい盛り上がりです。何がすごいって、コンサート前に流れるちょっとしたビデオが流れた…

青嵐吹くときに君は微笑む 03

←前のページ 目次 次のページ→ グッズをまだ買っていないと俺が告げると、酒本先輩の案内でグッズ売り場に到着した。デッキから見えていた巨大な売り場には人がたくさん、それはもうたくさん並んでいた。数えることを途中で投げ出すに決まっている人数だ。 …

いつだって今が1番

←前のページ 目次 次のページ→ 成人式を迎えたのは四年前だ。 僕の成人式は中学校単位で行われ、卒業ぶりに会う人がほとんどだった。というのも僕が中学三年生のときは携帯電話、スマートフォンではなくガラケーと今では呼ばれるタイプのものですら持ってい…

気ままに生きた日

目次 次のページ→ 電車に乗った。街まで一時間。初めて読む作家の詩集を開いて言葉を感じていた。片道で読み終えてしまった。余白が語るものが愛おしいと思った。 駅からつながるビルへ向かい、たまに行くセレクトショップで今まで買ったことのないブランド…

青嵐吹くときに君は微笑む 02

←前のページ 目次 次のページ→ 「行ってきまーす」 モッズコートにぐるぐるのマフラーの重装備で家を出る。あいにく手袋は持っていない。プレゼントしてくれる人もいないのだと自嘲的に笑ってみたが、重い気持ちは変わらなかった。 妹の滴に言われたこと。 …

青嵐吹くときに君は微笑む 01

目次 次のページ→ 懐かしい夢を見ている。夢というより、記憶の海に五感が投げ出されている。そんな感覚だ。 あれは四月の終わり。桜の薄紅に新緑が混ざり合う変化の季節。俺はやわらかな陽射しで温まった体育館で思春期の憂鬱と格闘していた。 高校一年生だ…

000/始まりと衝動の手綱

目次 次のページ→ 衝動的に何かを始めたくなる、ということが僕にはよくある。 本を出すのも勢いだし、オフ会だったり勉強だったりもだいたい急に始めてる。 だいたいは病気の症状で、そうでなければ現実逃避だ。 ここ最近、インプットばかりしている。 今月…

Essay仮ページ

Essayカテゴリー仮ページです

第37回織田作之助青春賞 結果通知が届きました

こちらのブログからははじめまして、佐倉愛斗です。 現在サイト移行中でして、先ほど過去のブログ記事を移し終えました。 作品の方も少しずつ移していきますのでお楽しみに。 第37回織田作之助青春賞結果通知 結果通知がいよいよ来ました。 最後の織田作之助…

たかが愛のはなし 21(完)

←前のページ 目次 「幸瑠、合格おめでとう」 家族に祝わってもらった。赤飯とお刺身と唐揚げ。あとサラダ。豪華な食事を家族で囲むこともこの先めっきり減るのかな。「ありがと」 赤飯にごま塩をかけて頬張る。この味がいいんだよね。「幸瑠、よく頑張ったよ…

たかが愛のはなし 20

←前のページ 目次 次のページ→ 年越しそばを食べるタイミングが分からないまま午前零時を迎えた。今年も分からなかったな、と思ったが、すでに去年になっていたことに気付く。今年こそ分かるだろうか。幸瑠は月見そばの黄身を割ってそばを絡ませて食べていた…

たかが愛のはなし 19

←前のページ 目次 次のページ→ 〈なんで告白したの〉 幸瑠は井澄にメッセージを送った。すぐには返信がなかったので夕食を家族で囲んだ。 大賀は居心地の悪そうにも見えたし、それは幸瑠の主観からかもしれない。いつもより口数の少ない兄はフライドチキンを…

たかが愛のはなし 18

←前のページ 目次 次のページ→ 冬休みに入ってすぐに合唱部のクリスマスコンサートが催された。 毎年恒例の行事で、部費がそんなにないため学校の第二音楽室が会場だ。教室から借りてきた椅子を並べて客席を作る。ステージではいつもばらばらと畳でくつろぐ…

たかが愛のはなし 17

←前のページ 目次 次のページ→ 井澄と付き合い始めて何が変わっただろうか。 幸瑠は考えるけれど答えが見つからないのでもうあまり考えない。受験生なのだから色恋沙汰を考えている暇がない方が正しいのかもしれない。 いつも井澄と一緒にいて、言葉を交わす…

たかが愛のはなし 16

←前のページ 目次 次のページ→ 文化祭はあっという間に終わった、かのように思えたがまだひとつ事件があった。 井澄が自クラスの当番に行き幸瑠が一人になったとき、体育館横の女子トイレで泣き続ける陽子の姿を見つけてしまった。「陽子ちゃん? 何、どうし…

たかが愛のはなし 15

←前のページ 目次 次のページ→ 「行きたくないな」と思っていたことが口から出ていたようで、共に朝食をとっていた大賀が怪訝な顔をする。「幸瑠、今日文化祭だろ」「うん。文化祭」「ラストステージが寂しいか?」「そういうんじゃないけど、そういうことに…

たかが愛のはなし 14

←前のページ 目次 次のページ→ 三年生は文化祭を最後に合唱部を引退する。幸瑠は身が引き締まる思いだ。秋はさみしさを告げる季節だ。衣替えももうすぐ。ブレザージャケットをそろそろ出しておこうと決めた。 文化祭での曲目を決めた。今まで歌ってきた歌謡…

たかが愛のはなし 13

←前のページ 目次 次のページ→ 井澄が教室へ忘れ物を取りに行ったため、幸瑠は先に一人で昇降口へ向かった。日が短くなってきたな、とぼんやりと思う。下駄箱から靴を取り出す。「圭一、あの二人の邪魔しないでよ」 下駄箱を挟んだ向こう側から声がする。聞…

たかが愛のはなし 12

←前のページ 目次 次のページ→ あのときの井澄の顔を形容する言葉を幸瑠は知らない。 努めて平静を装っているような、それとも現実をまだ理解していないような、彼の全てが止まってしまったように見えた。「幸瑠先輩、あの」 ぐるぐると考え込んでいた。隣の…

たかが愛のはなし 11

←前のページ 目次 次のページ→ 圭一への返事を保留にしていたら夏祭りに誘われた。井澄とも別段約束していたわけではないので行くと返事する。地元の夏祭りは駅前の道路を封鎖して、予選を勝ち抜いた踊り連が一晩中踊り続ける。昔は予選など無くてもっとカオ…

たかが愛のはなし 10

←前のページ 目次 次のページ→ 合宿を終えて地元に帰ってくるとやっぱり夏というものは殺人的で、全ての欲がたちまち炭になってしまう。食べる気にもならず、眠ることも難しく、生きることも面倒で、井澄に触れる気にもならない。 けれど幸瑠たちは受験生で…

たかが愛のはなし 09

←前のページ 目次 次のページ→ 午前中の練習を抜け出して食事係の幸瑠と圭一はカレーを作っていた。練習のピアノは一年が交代で弾いている。幼くてぎこちない音だった。 圭一が料理できることは意外だった。男子だから、という古くさい偏見ではなく、彼の家…

たかが愛のはなし 08

←前のページ 目次 次のページ→ 夕食と入浴を終え、談話室でのゲーム大会もお開きとなり、幸瑠は女子部屋で眠ろうとしていた。家族でも恋人でもない人たちと一緒に眠る。体温が側にある。先程消した蚊取り線香の残り香を心地よく思っていた。「みなさん、もう…

たかが愛のはなし 07

←前のページ 目次 次のページ→ 季節は巡って夏休み。蝉の声が涼しいと詠んだ人の気が知れないほどの猛暑日が続き、やっと夏から逃げ出せる山梨合宿がやってきた。お金なんてない高校生たちなので、青春18切符をみんなで分けて鈍行列車で山まで向かう。車窓…

たかが愛のはなし 06

←前のページ 目次 次のページ→ 触れ合った後のお風呂は嫌いだ。肌にある人の名残が泡となって離れていく。 井澄に満たされて、それだけでよかった。幸瑠の渇望は満たされる。でも井澄がその男子とつきあい始めたら、きっともうこんなことはできない。独占欲…

たかが愛のはなし 05

←前のページ 目次 次のページ→ ――あにき、陽子ちゃんが彼女ってホント? 合唱部のミーティング中だった。幸瑠は畳の上で膝を抱える。 もうすぐ夏休みで、夏合宿の予定をそろそろ立て始めないといけない。場所は山梨県にある宿坊。山奥なので交通の便は悪いが…

たかが愛のはなし 04

←前のページ 目次 次のページ→ 土曜日は梅雨の合間の中休みで、幸瑠たち合唱団は老人ホームでの発表を終えた。 幸瑠は恋の歌を歌うと不思議な気持ちになる。人の感情を音楽に合わせててなぞり再生する。 圭一のピアノとみんなの声が心地よい。一人じゃないっ…