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たかが愛のはなし 13

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 井澄が教室へ忘れ物を取りに行ったため、幸瑠は先に一人で昇降口へ向かった。日が短くなってきたな、とぼんやりと思う。下駄箱から靴を取り出す。
「圭一、あの二人の邪魔しないでよ」
 下駄箱を挟んだ向こう側から声がする。聞き覚えのあるソプラノ。陽子だ。
「ぼくがどうしようが杜松には関係ないだろ」
「関係、あるから」
 しばらくの沈黙。
「……とにかく、さっちん先輩とズミ先輩でくっついててもらわないとあたしが困るのよ」
「なんでだよ。ぼくと幸瑠先輩のこと応援するって言ったよな」
「これからはしない。さっちん先輩から手を引いて。お願い」
 舌打ちと足音。幸瑠は反射的に隠れた。圭一は振り返ることなく早足で出ていった。
 なんで、なんで陽子がそんなことを言うのか。
 わけがわからないや。
「何笑ってるのお前」
 カバンに入れ忘れた弁当箱を片手に井澄が現れる。
「なんでもないよ、井澄」
 困惑が笑いに変わるのは、はにかみ屋の幸瑠の欠点かもしれない。

 

 井澄に送ってもらって帰宅すると、大賀はいつものように縁側で猫を撫でている。大学生はこんなにも家にいるものなのかと不思議に思うが、大賀はどこのサークルに所属もせず、バイトも週末に引っ越し屋をしているだけだ。半袖のポロシャツという引っ越し屋の制服姿を見た井澄は頬を上気させていた。腕のたくましさがいい、と後で聞いて「わからん」と幸瑠は返事をした。確かに大賀は背も高く筋肉もしっかりとある。それでいて目元は柔らかく、性格も温厚。悪くはないんだろうな、と幸瑠は思うことにしていた。誰よりも大切な井澄にとっての誰よりも大切な人なのだから。
 夏祭りの夜のことがあったけれど井澄はいつもと変わらぬ調子で大賀に挨拶をして帰った。悲しみを隠している気がしてならなかった。いつか井澄が一人で死んでしまうのではないか、と思い至った自分を馬鹿だな、となかったことにした。
 井澄の後ろ姿を見送って、大賀に切り出す。
「あにき、陽子ちゃんと最近どうなの」
「どうっていわれても」
 大賀が頬を掻く。大賀の癖だ。
「祭りの後、会えたの?」
「……ああ」
 表情が曇る。
「陽子の奴、他の男に会いに行ってた」
「えっ」
「友達だって言ってたけど、それでもやっぱり寂しいもんだな。余裕がないな」
 大賀が歯を見せる。
「あにきも苦労してるね」
 幸瑠も縁側に腰掛ける。猫が幸瑠の手のひらに頭をすり寄せる。撫でろ、ということらしい。
「なんか、おれたちもうダメかも」
 そう、かあ。と幸瑠は少しばかり合点がいく。陽子は大賀の気持ちに気付いている。それで焦っている。何故幸瑠と井澄をくっつけたがるのかは分からないが。
「なんかさ、陽子はおれのご機嫌取りしかしないんだって思えてさ。本音で話そうとしない。当たり障りのないことしか言われなければ、口説き文句もお世辞に思えてくる」
 おれがひねくれてるのかな、と大賀は息を漏らした。
「別れないの?」と幸瑠は聞いた。
「二人から一人になる覚悟って相当なもんだよ」
 大賀も幸瑠と同じはにかみ屋だった。

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