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たかが愛のはなし 21(完)

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「幸瑠、合格おめでとう」
 家族に祝わってもらった。赤飯とお刺身と唐揚げ。あとサラダ。豪華な食事を家族で囲むこともこの先めっきり減るのかな。
「ありがと」
 赤飯にごま塩をかけて頬張る。この味がいいんだよね。
「幸瑠、よく頑張ったよ。第一志望じゃなかったとしても旧帝大なんて立派なもんだ」
 すでに泣きそうになっている父がアルコールで赤くなった頬を上げる。
「いいの、これで。わたし北海道行ってみたかったし」
「これから一人暮らしになるけど大丈夫か?」
「少なくともあにきよりは大丈夫だと思う」
 なんだと、と大賀は怒ってみせる。幸瑠はけらけらと笑った。
「その、幸瑠をいつも送ってくれる男の子はどうなるの?」
 母が眉尻を下げる。
「井澄は東京へ行くって。しばらく会えなくなるなあ」
 さみしくなるわねえ、と母がつぶやく。寂しいのは娘が一人北の大地に旅立つからだろう。幸瑠自身の寂しさを推し量っていた。
「いいんだよ、これで」
 今はまず祝ってよ。幸瑠はめいっぱいの強がりをした。
 これでいい、これで。

 

「幸瑠、東大落ちたんだってな」
 幸瑠と井澄は揃って高校に受験結果の報告に訪れていた。桜の香りが二人を包む。
「そう、だから井澄と一緒には東京に行かない」
「――うそつき」
「ふふ、バレた?」
「お前のことだから分かるよ」
「あんたはいつもするどいね」
「お前のことだからな」
 校舎裏の渡り廊下。幸瑠は井澄を抱きしめた。
 さようなら。これでさようならだ。
 井澄の首筋から井澄の匂いがする。い草だ。私たちにはい草の匂いが染みついている。
「離れたくない」
 井澄が腰に回す手に力を込める。苦しさに安心する。
「わたしも、一人になりたくないよ」
 離れがたい。寂しい。一人にしないで。
 でも決めたんだ。一人で生きていくと。
 幸瑠と井澄の関係は何だったのだろう。求め合うことに名前は必要だろうか。
 いいや、そんなもの愚問だ。
「わたし、ちゃんとわかったよ」
「なにが?」
「たかが愛のはなしだったってこと」

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