オリジナル小説サイト「渇き」

恋愛小説、純文学、エッセイを扱った小説家・佐倉愛斗オリジナルサイト

022気付いてないでしょう

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中学生のとき、とても仲のいい男の子がいた。
当時は携帯電話の時代で、「ガラケー」とも呼ばずに「ケータイ」と呼んでいた。
彼は同じ部活の同級生で、いつも一緒にいて、学校の帰りはよく一緒に寄り道をした。寄り道と言っても道端でなんでもない話をずっとしているだけだ。
ケータイでもよく話をした。
当時の料金プランが「三人まで通話し放題」というもので、彼をそのうちの1人に登録していた。
なんでもないことで電話しようとショートカットキーで彼に電話をかけると毎回、YUIの「CHE.R.RY」がかかった。
ケータイには「待ちうた」という機能があって、呼び出し中の音声を自分で決めることができた。
 
『恋しちゃったんんだ、たぶん。気付いてないでしょう?』
 
電話をかけるたびにYUIがそう歌った。
彼はYUIが好きだったから深い意味はなかったんだと思う。
けれどもしかしたら僕へのメッセージだったのかもしれないと思うと頬が熱くなった。
 
結局、中学を卒業してからはほとんど会うこともなく、スマホ化によって連絡先も分からなくなった。
成人式で再会したとき「君のおかげで中学の部活頑張れてた。ありがとう」と言われた。
 
『星の夜願い込めてcherry指先で送る君へのメッセージ』
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021/恋人の残り香

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自分の布団とは、あまり仲がよくない。
よく蹴飛ばして起きたら足元で小さくなっている。
そのくせ抱き枕になっている親密な日もあれば、どっしりと僕に覆い被さって逃してくれない日もある。
 
要するに僕の布団は気まぐれなのだ。
 
と、布団のせいにする僕が気まぐれなのだろう。
 
そんなに高くもなかったチェーン店の布団。
それに僕は満足している。
一緒に寝た恋人たちの残り香があるような気がして落ち着かない夜もあるけれど、結局は僕の布団なのだ。
 
布団が生むストーリーに今日も思いを馳せ、僕は眠りについた。
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020/かわりゆく

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幼い頃ってどうしてあんなにいろんなものが平気なのだろう。
ナメクジを飼ってみたり、バッタを釣ったり、ザリガニを捕まえたり。
今ではできない芸当だ。
 
ダンゴムシも、昔は大好きだった。
つっつくとコロンとまるくなり、それを手のひらで転がして遊んでいた。
体が広がると無数の細い足が天に向かってうじゃうじゃと動き出す。
そうはさせまいとまたつっついて丸めて遊んだ。
 
 
小学六年生のとき、ダンゴムシを飼う授業があった。
苦手なものは増えたけれど、ダンゴムシは平気だ。そう信じていた。
 
しかし結果として、僕はダンゴムシに触れなくなっていた。
 
 
人はできることを増やしながら成長していく。
けれど同時に、できなくなることも増えていくのだろう。
そしてそれを、老い、と呼ぶのかもしれない。
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019/生きていること

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僕が初めて蛙を見たのは、車に轢き潰されたウシガエルだった。
薄く伸びたゴム風船のようだと思った。
口からはみでた赤黒いものが、かつてこれが生き物だったのだと表していた。
生きているのかどうか。生きていたのかどうか。その判断はむずかしいと幼い僕は思った。

その後、動物園で毒蛙たちをみた。
カラフルで、毒々しくて、人工物みたい。
きっと彼らも轢き潰されたら、生きていたのかどうか判断するのは難しいだろう。

人間は「生きていた」という記憶があるから、死体になっても「生きていた」と思ってもらえるのだろう。
記憶が誰かが持っているのならば。

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018/貧富

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自分の家が裕福であると気づいたのは、家そのもの、建物そのものが立派であることに気づいたからだった。
住宅街には僕の家と大差ない大きな家が並んでいた。同じ区画の同じ家ばかり。
けれどこの小さな世界ではスタンダードでも、一歩出たら違っていた。
 
親が病で生活保護を受けている家庭の友人がいた。
市営住宅だという彼女の家に遊びに行ったとき驚いた。
壁が、コンクリートブロックに壁紙が貼られただけだった。
玄関もなく、サッシから入るとすぐ小部屋に二段ベッドが置かれ、奥にもう一部屋と、どこにあるのかはわからないけれどキッチンとお風呂とトイレもあるはずだとは思った。
家といえば玄関があって、廊下の先に部屋があって、清潔な水回りと個人の部屋がある。
その常識が打ち砕かれた瞬間だった。
哀れだとは思わなかった。けれど、家はその家庭の貧富を表すのだと知った。
 
僕の家は立派だ。
そのことに感謝しなくてはならない。
同時に、いつまでもそこにいられるとは思ってはならない。
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017/ひとりになれる夜

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入院中、僕はあえて昼夜逆転していたことがある。
眠剤が効かないとか不眠とかではなく、昼間に寝られるだけ寝て、夜中起きていた。
 
昼間は、他の患者たちの声がした。
楽しそうに談笑する声。怒り狂う声。泣き叫ぶ声。
そういったものが怖くてたまらなかった。
幻聴すら混ざっていたと思う。
なので逃げるように昼は寝た。
 
夜。するのは道路を車が走る音だけ。
静かで、暗くて、世界でひとりぼっち。
なんて自由なんだろと心落ち着いた。
夜は、孤独という自由を与えてくれる。
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016/不自由な昼

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 僕は高校二年生で中退している。病が原因だった。
 一年の途中から行けない日が増え、昼間、外を出歩くことが増えた。
 遊び歩いていたわけではなく、学校へ行く前に病院へ行き、飲食店で昼食を取ってから登校した。もちろん、制服姿で。
「制服を着た高校生がこんな時間にレストランにいるの?」という視線はいつも感じていた。
 責められるような、不良を見るような目。もしくは事情を察した哀れみの目。
 どちらも苦痛でたまらなかった。
 制服を着た昼は、果てしなく不自由だ。
 高校をやめて塾に入ってからも、私服とはいえこの若さで昼間出歩くことに抵抗があった。
「若者は学校へ行くものだ」という固定観念が聴こえてくるようだった。
 学校教育は、学校の外までも僕を縛っていた。
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