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地下一階、今日が燃え尽きる赤と共に階段から夏の名残の湿り気を帯びた風が吹き込んでくる。かき混ぜられた風は本の表紙をめくり、古めかしい紙とインク、そしてアルコールの臭いが鼻を刺した。
ここは物語を紡ぐ者たちが集う小さな酒場だ。大小の酒瓶と一点の曇りもなく磨かれたグラスが並べられた壁以外、三方の壁には一面、古今東西の物語が綴られた《本》がぎっしりと並んでいる。もう誰も読むことができない古語や、人間の皮で装丁された異国のものもある。オーナーが趣味で集めたものが殆どだが、ここを訪れる語り部たちが置いていったものも多い。不揃いな背表紙が今夜も彼らを見下ろしていた。
バーカウンターとは別にある、店の中心に樫の一枚板のテーブルを彼らは囲む。そのうちの一人の男が、ギムレットのグラスを片手に宣言する。
「今夜も《遊び》を始めよう!」
夜な夜な行われる語り部たちのゲーム。
ルールはただ一つ。
「本当のことは言ってはいけない」
この酒場の名前は《嘘》。今宵も虚言者たちの宴が始まる。
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