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彼女は真っ赤なサマードレスを着て、カウンターの向こうのバーテンダーと話していた。
「誰が最初に言い出したのかしら。『本当のことは言ってはいけない』って」
バーテンダーはカクテルグラスの淵までぴったりと真っ赤なカクテルを注ぐと、紙のコースターに乗せて彼女の前に滑らせた。彼女は一口含むと、今日も上出来とばかりにダウンライトに双眸を光らせて微笑んだ。
「覚えていませんが、どんな物語にも《嘘》は含まれています。ファンタジーであればもちろんのこと、ノンフィクションであっても、人間の主観という嘘がございます。なので物語を愛する誰かが言い出したのは必然かもしれません」
彼女はクスリと笑う。
「貴方は主観すらも《嘘》と言うのね」
「人間は恣意的に世界を見ますから」
シェイカーを水に浸して、バーテンダーは続ける。
「ここの店主は《嘘》を愛していらっしゃいます。時に人を欺き、傷つけ、貶めることもある嘘が、いきいきと人を喜ばせるのですから」
――――嘘つきは物語の始まり
彼女はそう呟くと、カクテルグラスの淵を撫でた。
「全くでございますね」
これからも続く、虚言者たちの宴。
人々が物語を欲する限り。
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