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たかが愛のはなし 11

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 圭一への返事を保留にしていたら夏祭りに誘われた。井澄とも別段約束していたわけではないので行くと返事する。地元の夏祭りは駅前の道路を封鎖して、予選を勝ち抜いた踊り連が一晩中踊り続ける。昔は予選など無くてもっとカオスだった。浮かれて悪ノリしている若者はめっきり減って、優勝を目指す至って真面目な踊り手だけになった。昔の方が熱気があって好きだったけれど治安のことを考えるとしょうがないとも思える。
 日が暮れる少し前に家を出ようとすると大賀も一緒だった。
「あにきはデート?」
 大賀は「幸瑠もだろ」と肯定した。
 大賀は幸瑠と井澄がデートするのだと思っているけれど、否定すると話がややこしくなるので何も言わなかった。
 歩いて待ち合わせ場所に向かう。周りをみれば浴衣姿の女性が目についた。幸瑠はTシャツにショートパンツにつっかけ。何も可愛さなんてない。デートなんだからもっと可愛くすればよかったのかもしれないと後悔した。井澄の隣ならこの格好でもいいのかも知れないけれど。
 井澄の隣はわたしのものにならない。
 駅ビルのエントランスに行くと黒い甚平を着た圭一がいた。手首のG-SHOCKをしきりに確認している。
「ごめん、お待たせ」
「いえ、今、来たところです」
 デートのテンプレートみたいな会話になった。圭一の神経質な声に落ち着かない。
「行きましょう」
 圭一が幸瑠の手を掴む。冷たい。驚いたが抵抗はしなかった。
 恋人同士は告白した瞬間から百パーセント好きなのではない。付き合い始めてから少しずつ好きになるのだ。だから、今は好きでなくても――。
 街中に設置されたスピーカーから大音量で音楽が流れる。幸瑠はこの曲が好きだった。方言を連呼するだけの意味のない歌詞がいい。意味のないことの方がきっと楽しい。恋に意味を持たせない方がうまくいくのかもしれない。
 圭一の手は冷たいのにじっとりと濡れている。筋肉質な指の柔らかさを感じていた。
「幸瑠先輩、何か食べますか?」
 会場近くの神社の出店。カラフルな看板が所狭しと並んでいる。
「んー、たません、とか」
 高校一年のとき、文化祭でたません屋をやった。幸瑠は店先で接客をしていた。目立つことが元来苦手な幸瑠は、看板娘として客寄せに使われていることが苦痛だった。そんなとき適当に用事をつくって連れ出してくれたのは井澄だった。
 何をしていても、幸瑠の中は井澄でいっぱいだった。
「先輩、たません好きなんですね」
「まあね」
 チーズ入り一つを自分に、焼きそば麺入りを圭一に買った。財布を出そうとする圭一に「後で別のもの買って」と伝えた。
 たませんをぺろりと食べると、二人は駅前の踊り連を見に行くことにした。神社から駅前まで歩いて少しある。
「圭一くんって、なんでわたしのこと好きなの」
 聞こうと思っていたことを話題に出してみた。圭一はこちらを見ないで話した。
「幸瑠先輩はぼくと同じだと思ったからです」
「同じって?」
「聞いてしまったんです、ズミ先輩と話しているところ。『主旋律を歌うことが恥ずかしい』って。ぼくもなんです。ぼくはピアニストにはなりたくない。ピアノを弾くことは好きだけれど、ソロで弾いたりピアノ協奏曲みたいに前に出て弾くことがあまり好きじゃない。誰かを裏方で支えている方がぼくの人生にふさわしいって思うんです。誰かの人生の伴奏を奏でていたい。でも」
「でも?」
「人生の主役すら降りてしまう幸瑠先輩のことを見ていられないんです。伴奏だって必要とされているからそこにいる。幸瑠先輩は自分の人生に自分自身を必要としていないように見えます」
 出過ぎたこと言いましたね、と圭一は苦笑した。
「……よく見てるんだね」
「すみません」
「悪いと思ってないでしょ」
 意地悪を言える程度には幸瑠は心を許していた。
 それからしばらく歩いた。そのとき、歩いて擦れているだけかと思ったが、確かにスマートフォンが振動していた。
「ちょっとごめん」と開くと兄の大賀からだった。
〈陽子とはぐれた。見かけたら教えてくれ〉
 何やってんだか、と幸瑠は呆れた。この二人はうまくいっているのだろうか。ちゃんと、恋してるのだろうか。恋してるって、どういうことだろうか。
「先輩?」
「ああ、うん。なんかあにきが陽子ちゃんとはぐれたみたいで」
「あの二人って付き合ってるんでしたっけ」
「そうだね」
 なんか、意外だ。と圭一が漏らす。なんで? と聞き返すと、大賀先輩は静かな人が好きなのかと思っていた、と返ってきた。
 そう、だね。
 自分の兄のことがわからない。人はどういう基準で交際を始めるのだろう。
「あ、ズミ先輩」
 圭一の声にスマートフォンから顔を上げる。幸瑠と同じようなTシャツにハーフパンツ姿だった。
「おう、お前らデートか?」
 意地悪な奴、と幸瑠は笑った。
「はい、デートです」
 圭一の言葉には明確な敵意があった。
「はいはい、楽しんでね」
 圭一が奥歯を噛みしめたのが分かった。
「井澄はぼっち?」
「おふくろが夕飯買ってこいって。出店のやきそばとチーズドッグがいいんだと」
「へえ、わたしもチーズドッグ食べたい」
 井澄について行こうとして圭一の非難の目が刺さった。
 自由をあげるなんて、わたし、嫌だな。
「ズミ先輩、杜松見てませんか?」
 井澄がいや? と疑問符を浮かべる。
「杜松の奴、大賀先輩とはぐれたみたいなんですよ……え? なんでって、杜松は大賀先輩の彼女じゃないですか」

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