たかが愛のはなし
←前のページ 目次 「幸瑠、合格おめでとう」 家族に祝わってもらった。赤飯とお刺身と唐揚げ。あとサラダ。豪華な食事を家族で囲むこともこの先めっきり減るのかな。「ありがと」 赤飯にごま塩をかけて頬張る。この味がいいんだよね。「幸瑠、よく頑張ったよ…
←前のページ 目次 次のページ→ 年越しそばを食べるタイミングが分からないまま午前零時を迎えた。今年も分からなかったな、と思ったが、すでに去年になっていたことに気付く。今年こそ分かるだろうか。幸瑠は月見そばの黄身を割ってそばを絡ませて食べていた…
←前のページ 目次 次のページ→ 〈なんで告白したの〉 幸瑠は井澄にメッセージを送った。すぐには返信がなかったので夕食を家族で囲んだ。 大賀は居心地の悪そうにも見えたし、それは幸瑠の主観からかもしれない。いつもより口数の少ない兄はフライドチキンを…
←前のページ 目次 次のページ→ 冬休みに入ってすぐに合唱部のクリスマスコンサートが催された。 毎年恒例の行事で、部費がそんなにないため学校の第二音楽室が会場だ。教室から借りてきた椅子を並べて客席を作る。ステージではいつもばらばらと畳でくつろぐ…
←前のページ 目次 次のページ→ 井澄と付き合い始めて何が変わっただろうか。 幸瑠は考えるけれど答えが見つからないのでもうあまり考えない。受験生なのだから色恋沙汰を考えている暇がない方が正しいのかもしれない。 いつも井澄と一緒にいて、言葉を交わす…
←前のページ 目次 次のページ→ 文化祭はあっという間に終わった、かのように思えたがまだひとつ事件があった。 井澄が自クラスの当番に行き幸瑠が一人になったとき、体育館横の女子トイレで泣き続ける陽子の姿を見つけてしまった。「陽子ちゃん? 何、どうし…
←前のページ 目次 次のページ→ 「行きたくないな」と思っていたことが口から出ていたようで、共に朝食をとっていた大賀が怪訝な顔をする。「幸瑠、今日文化祭だろ」「うん。文化祭」「ラストステージが寂しいか?」「そういうんじゃないけど、そういうことに…
←前のページ 目次 次のページ→ 三年生は文化祭を最後に合唱部を引退する。幸瑠は身が引き締まる思いだ。秋はさみしさを告げる季節だ。衣替えももうすぐ。ブレザージャケットをそろそろ出しておこうと決めた。 文化祭での曲目を決めた。今まで歌ってきた歌謡…
←前のページ 目次 次のページ→ 井澄が教室へ忘れ物を取りに行ったため、幸瑠は先に一人で昇降口へ向かった。日が短くなってきたな、とぼんやりと思う。下駄箱から靴を取り出す。「圭一、あの二人の邪魔しないでよ」 下駄箱を挟んだ向こう側から声がする。聞…
←前のページ 目次 次のページ→ あのときの井澄の顔を形容する言葉を幸瑠は知らない。 努めて平静を装っているような、それとも現実をまだ理解していないような、彼の全てが止まってしまったように見えた。「幸瑠先輩、あの」 ぐるぐると考え込んでいた。隣の…
←前のページ 目次 次のページ→ 圭一への返事を保留にしていたら夏祭りに誘われた。井澄とも別段約束していたわけではないので行くと返事する。地元の夏祭りは駅前の道路を封鎖して、予選を勝ち抜いた踊り連が一晩中踊り続ける。昔は予選など無くてもっとカオ…
←前のページ 目次 次のページ→ 合宿を終えて地元に帰ってくるとやっぱり夏というものは殺人的で、全ての欲がたちまち炭になってしまう。食べる気にもならず、眠ることも難しく、生きることも面倒で、井澄に触れる気にもならない。 けれど幸瑠たちは受験生で…
←前のページ 目次 次のページ→ 午前中の練習を抜け出して食事係の幸瑠と圭一はカレーを作っていた。練習のピアノは一年が交代で弾いている。幼くてぎこちない音だった。 圭一が料理できることは意外だった。男子だから、という古くさい偏見ではなく、彼の家…
←前のページ 目次 次のページ→ 夕食と入浴を終え、談話室でのゲーム大会もお開きとなり、幸瑠は女子部屋で眠ろうとしていた。家族でも恋人でもない人たちと一緒に眠る。体温が側にある。先程消した蚊取り線香の残り香を心地よく思っていた。「みなさん、もう…
←前のページ 目次 次のページ→ 季節は巡って夏休み。蝉の声が涼しいと詠んだ人の気が知れないほどの猛暑日が続き、やっと夏から逃げ出せる山梨合宿がやってきた。お金なんてない高校生たちなので、青春18切符をみんなで分けて鈍行列車で山まで向かう。車窓…
←前のページ 目次 次のページ→ 触れ合った後のお風呂は嫌いだ。肌にある人の名残が泡となって離れていく。 井澄に満たされて、それだけでよかった。幸瑠の渇望は満たされる。でも井澄がその男子とつきあい始めたら、きっともうこんなことはできない。独占欲…
←前のページ 目次 次のページ→ ――あにき、陽子ちゃんが彼女ってホント? 合唱部のミーティング中だった。幸瑠は畳の上で膝を抱える。 もうすぐ夏休みで、夏合宿の予定をそろそろ立て始めないといけない。場所は山梨県にある宿坊。山奥なので交通の便は悪いが…
←前のページ 目次 次のページ→ 土曜日は梅雨の合間の中休みで、幸瑠たち合唱団は老人ホームでの発表を終えた。 幸瑠は恋の歌を歌うと不思議な気持ちになる。人の感情を音楽に合わせててなぞり再生する。 圭一のピアノとみんなの声が心地よい。一人じゃないっ…
←前のページ 目次 次のページ→ 提案したのは井澄の方からだった。 高校生になって最初の冬。こんな寒い日に熱を求めるのは自然なことだったのかもしれない。 井澄の腕の中で幸瑠はまどろみから目を覚ました。「どういうこと?」と幸瑠が聞く。「そのまんまの…
←前のページ 目次 次のページ→ 今日は老人ホームでの発表会についての話し合いがあった。 慰問は合唱部の定期的な活動の一つだ。毎年六月に行くので今年もと依頼されている。曲目は梅雨なので『あめふり』を入れることと、老人ホームだからという理由もある…