オリジナル小説サイト「渇き」

恋愛小説、純文学、エッセイを扱った小説家・佐倉愛斗オリジナルサイト

海馬を泳ぐ

022気付いてないでしょう

←前のページ 目次 次のページ→ 中学生のとき、とても仲のいい男の子がいた。 当時は携帯電話の時代で、「ガラケー」とも呼ばずに「ケータイ」と呼んでいた。 彼は同じ部活の同級生で、いつも一緒にいて、学校の帰りはよく一緒に寄り道をした。寄り道と言って…

021/恋人の残り香

←前のページ 目次 次のページ→ 自分の布団とは、あまり仲がよくない。 よく蹴飛ばして起きたら足元で小さくなっている。 そのくせ抱き枕になっている親密な日もあれば、どっしりと僕に覆い被さって逃してくれない日もある。 要するに僕の布団は気まぐれなの…

020/かわりゆく

←前のページ 目次 次のページ→ 幼い頃ってどうしてあんなにいろんなものが平気なのだろう。 ナメクジを飼ってみたり、バッタを釣ったり、ザリガニを捕まえたり。 今ではできない芸当だ。 ダンゴムシも、昔は大好きだった。 つっつくとコロンとまるくなり、そ…

019/生きていること

←前のページ 目次 次のページ→ 僕が初めて蛙を見たのは、車に轢き潰されたウシガエルだった。薄く伸びたゴム風船のようだと思った。口からはみでた赤黒いものが、かつてこれが生き物だったのだと表していた。生きているのかどうか。生きていたのかどうか。そ…

018/貧富

←前のページ 目次 次のページ→ 自分の家が裕福であると気づいたのは、家そのもの、建物そのものが立派であることに気づいたからだった。 住宅街には僕の家と大差ない大きな家が並んでいた。同じ区画の同じ家ばかり。 けれどこの小さな世界ではスタンダードで…

017/ひとりになれる夜

←前のページ 目次 次のページ→ 入院中、僕はあえて昼夜逆転していたことがある。 眠剤が効かないとか不眠とかではなく、昼間に寝られるだけ寝て、夜中起きていた。 昼間は、他の患者たちの声がした。 楽しそうに談笑する声。怒り狂う声。泣き叫ぶ声。 そうい…

016/不自由な昼

←前のページ 目次 次のページ→ 僕は高校二年生で中退している。病が原因だった。 一年の途中から行けない日が増え、昼間、外を出歩くことが増えた。 遊び歩いていたわけではなく、学校へ行く前に病院へ行き、飲食店で昼食を取ってから登校した。もちろん、制…

015/朝の贅沢

←前のページ 目次 次のページ→ 誰も起きていない時間が好きだ。世界に一人だけ生まれてきたような特別感があるからだ。 起きて、スマホをチェックして、顔に朝専用のパックを貼りながら手帳を書く。インスタグラムに載せたらパックを外してクリームを塗る。…

014/冬のニオイ

←前のページ 目次 次のページ→ 季節にはさまざまなニオイがあると思う。 そのなかでもとりわけ僕は冬のニオイが好きだ。 冬の玄関。僕はこのニオイで冬が来たことを自覚する。 形容しがたく「冬のニオイ」としか言えないのだが、胸にすっと入ってくる冷たさ…

013/赤いもみじに

←前のページ 目次 次のページ→ 「紅葉が隠してくれるから大丈夫だよ。こんなにも赤いんだもん」 山の斜面にある神社。僕は彼女とキスをした。 学校帰り。抑えきれない衝動。触れたくてたまらなかった。 どこなら人がいないだろうと神社に入った。そこには真…

012/多様な学生たち

←前のページ 目次 次のページ→ 僕は夏になると東京へ行く。大学のスクーリングを受けるためだ。 僕は持病のために大学へ通うことができず、こうして通信制の大学に在籍している。 東京は空気の匂いが違う。洗練されていて、そしていい意味で他人行儀。人に深…

011/桜グッズと僕の死

←前のページ 目次 次のページ→ 桜が散ると、僕は一度死んでしまったような気分になる。心の中が空っぽになって、その孔に桜吹雪が吹き抜けていくような悲しさがある。僕が「さくら」という名だからだろうか。 本名は別に「さくら」ではない。かすりもしてい…

010/求めないけど求めてる

←前のページ 目次 次のページ→ 好きな人はいるか、と問われると、それはどういう意味の「好き」?と問わなくてはならない昨今。 ここでは大きく「好意を持っている、親愛を感じている人」の話にする。 僕にはありがたいことに友人がそれなりにいるつもりだ。…

009/物言わぬ君

←前のページ 目次 次のページ→ 僕の家にはうさぎがいる。「山葵さん」というブルーシルバーの毛のミニウサギだ。しかし今日は山葵さんの先代、「紅葉さん」の話をしよう。 紅葉さんは僕が中学1年生になる少し前に家に来た。 僕の小学生生活は明るくなかった…

008/老い

←前のページ 目次 次のページ→ 前話とは違う方の祖父母の話をしようと思う。 祖母は看護師で、病弱な僕のよき理解者だ。一方、祖父は頑固でいつも何かに腹を立てている。 今日はその祖父の話をする。 僕が幼い頃、祖父はとても教育熱心で、幼い僕や弟、いと…

007/夫婦

←前のページ 目次 次のページ→ それまでよそよそしくしか接することのできなかった祖母のことを、はじめて愛しいと思ったのは祖父の葬式でのことだった。 祖父の葬式はとても小規模で、区立のセレモニーホールで行われた。参列者は親族を除くと叔父が呼んだ…

006/語らぬこと

←前のページ 目次 次のページ→ 「寡黙」という言葉を知ったとき、父のことだ、と瞬間的に思った。 僕の父はほとんど言葉を発しない。多くて単語三つ。ふだんは「ん」という鼻腔音で返事するだけ。とにかく静かで、僕は「我が家のうさぎより静かだ」と揶揄す…

005/神さまをしんじてた

←前のページ 目次 次のページ→ 神さまという概念を知る前から、僕は神さまを知っていたのかもしれない。 もっとも、僕が通っていた幼稚園は聖書の読み聞かせとクリスマスにページェントと呼ばれるキリストの誕生を演じる劇をするようなところだから、神さま…

004/人間関係の名前

←前のページ 目次 次のページ→ 「親友はいますか?」と面と向かって聞かれたのは、僕が発達障害の検査をしている段階でのことだった。 僕ははっきりと「いない」と答えた。「友達は多いんですけどね」とはにかんで。 友達と親友の何が違うのかは言語化するこ…

003/文学的な現実世界

←前のページ 目次 次のページ→ 今年のはじめ、少しの間だけエッセイというものを書いていた。 あのときは精神的にも不安定で、何かを叫ばずにはいられなかったのだと今は思う。証拠に叫んでいる内容はひどく粗暴で、鋭利で、独りよがりだった。恥ずかしくな…

002/まだ何者でもない僕

←前のページ 目次 次のページ→ 大人って、もっとすごいと思っていた。 僕は二十四歳になった。昔の嫌な言い方をすれば『クリスマスイブ』というやつだ。 まだ世界のことを何も知らなかった頃、僕はきっと二十二歳で大学を卒業して、なんの職かも想像つかない…

001/シュレディンガーの性

←前のページ 目次 次のページ→ 最初のお題が「性別」というのは、いささか出来過ぎかもしれない。僕が選んだのではなくお題サイトの順番通りだ。だからむしろ語り始める最初にお題の作者は「あなたの性別は?」と聞いたのかもしれない。それほどまでに性別と…

000/始まりと衝動の手綱

目次 次のページ→ 衝動的に何かを始めたくなる、ということが僕にはよくある。 本を出すのも勢いだし、オフ会だったり勉強だったりもだいたい急に始めてる。 だいたいは病気の症状で、そうでなければ現実逃避だ。 ここ最近、インプットばかりしている。 今月…