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たかが愛のはなし 20

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 年越しそばを食べるタイミングが分からないまま午前零時を迎えた。今年も分からなかったな、と思ったが、すでに去年になっていたことに気付く。今年こそ分かるだろうか。幸瑠は月見そばの黄身を割ってそばを絡ませて食べていた。
 あの日、井澄は一度も幸瑠に触れなかった。恋人になったからなのだろうか。本物の恋人は触れ合わないのだろうか。
 違う、そうじゃない。と幸瑠に囁く存在が脳内にいる。気付きたくないことに気付こうとしている。まだ答えは出さないでおこう。まだこのまま、このままでいい。
 スマートフォンが震える。井澄かな、と思って見たがクラスのグループチャットが〈あけおめ〉というメッセージであふれていた。次々と届くので幸瑠は通知を切った。
 井澄は何してるかな。
 求めてしまう自分に呆れる。求めてもいい間柄になったというのに。ねえ、恋人同士って何?
「まだそば食べてるのか」
 自室から出てきた大賀に「あにきあけおめ」と言う。見たい年越し番組が違うため大賀は自室の小さなテレビで年を越す。一人で寂しくないのかな、と思う。リビングで家族団らんという歳でもないのだな、とドライな気持ちになった。
「あけおめ。おれも腹減ったな」
「そばならあるよ」
「年明けそばになるな」
 大賀はまあいっか、と笑って台所に立った。そばをゆでるのは手間なのでインスタントだ。
「卵入れるとうまいよ」
「おう、そうするわ」
 なんでもない会話。きっと今年もなんでもない年になりそうだ。
「初詣は斉藤と行くのか?」
「んー、約束してない」
 そうか、と大賀は言った。
「幸瑠は斉藤のことどう思ってるの?」
「なに、新年早々」
「いや、別に」
「ふーん」と幸瑠は呻った。
 井澄との関係を表す言葉を持っていない。
 大賀に告白してから、井澄が持つ色が変わったことに気付き始めていた。
 ――恋を完了させた者の色。
 東京へ向かうと決めた井澄。きっと彼なら一人でも生きていける。
 嫌だ、離れたくない。でも、それは幸瑠が一人で生きていけないから思うことかもしれない。ぬくもりをくれるなら誰でもいい。
「なんか、陽子ちゃんの気持ちが分かるかも」
 大賀は無視した。
「こんなわたしは嫌いだ」
 声に出してみたら滑稽で笑えた。若いな、と呆れてしまう。
 けど、井澄に依存しないと生きていけない弱い自分を心底軽蔑していた。
 初詣へは大賀と両親で近所の神社へ行った。
 もう幸瑠は世界平和は祈らなかった。
 ――ひとりで生きていけるようになりたい。

 

 

 センター試験は電車で数駅先の私立大学の講堂で行われた。
 井澄とは違う教室。姿は見かけたけれど話しかけなかった。
 一生のうちの大切なことがたった二日間で左右される。今までどれだけ努力を積み重ねてきたのか勝負する。いささかの緊張感をほぐそうとチョコレートをかじる。甘い香りに暖まる気がする。今まで積み重ねてきたもの全部。井澄、バイバイ。

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