オリジナル小説サイト「渇き」

恋愛小説、純文学、エッセイを扱った小説家・佐倉愛斗オリジナルサイト

たかが愛のはなし 18

←前のページ 目次 次のページ→

 冬休みに入ってすぐに合唱部のクリスマスコンサートが催された。
 毎年恒例の行事で、部費がそんなにないため学校の第二音楽室が会場だ。教室から借りてきた椅子を並べて客席を作る。ステージではいつもばらばらと畳でくつろぐ部員が珍しく整列して歌う。
 幸瑠は大賀の隣に座る。その隣には井澄。ここにいていいのだろうか。兄と恋人の間。何もおかしくはない。恋人が思っている人が兄だったとしても。おかしくない、なにも、おかしくない。
「見る側って体験入部以来だね」
「そうだな。懐かしいね」
 井澄と微笑み合う。幸瑠は井澄と出会った。きっと出会うべくして出会ったかのように惹かれ合った。これが恋じゃなかったらなんなのだろう。
「見るのも楽しいぞ」
 大賀も加わる。井澄の目線が幸瑠を通り過ぎる。
「はい、楽しみです」
 幸瑠には見せない顔。細められた目に熱がある。
 そうだ、これは恋なんかじゃない。恋なんかじゃ――。
 幸瑠は自らの中に渦巻く感情に名前を付けた。かなしみとさみしさ。その両方。
 わたしに恋は訪れない。恋人たちのクリスマスはやってこない。
「うちの合唱部って年中クリスマスソング歌うから今更感あるよね」
 幸瑠が揶揄する。
「そうだな」と井澄も悪い顔をする。
「お前ら、もしかして合宿でもクリスマスソング歌ったのか?」
「もちろん」
 幸瑠が親指を立てる。大賀は呆れてみせたが嬉しそうだった。
 変わらないものがある。変わっていくものがある中で変わらないものは特別だ。
 幸瑠は変わることを恐れた。けれど、井澄は違った。
 ピアノが鳴り響く。
 ――さあ、あなたからメリークリスマス――
「なあ、幸瑠」
 おれ、するわ。

 

 コンサートを終えると音楽室はクリスマスパーティの会場となる。
 炭酸飲料を紙コップで飲み交わして談笑する。
「大賀先輩、来てくださったんですね」
 陽子の口調が敬語になっていた。
「おう、お疲れさん。陽子は副部長だってな。幸瑠から聞いたよ」
「えへ、そうなんです」
「部長は三森だっけか?」
「似合わないですよね」
「言ってやるなって」
 いたずらっぽく笑う二人には確かに積み上げた関係があったのだな、と幸瑠は感じた。二人の歴史というものは終えてから完成する。恋の終わりは関係の終わりとは限らない。変わりゆく二人に幸瑠は取り残された気分だった。
 井澄は他のグループで話している。幸瑠が見渡すと圭一の姿を見つける。
 圭一とはちゃんと終われなかった。始まってもいない。何かを話したいようで、話したいことが思いつかない。なんて言えばいい。分からない。
「何固まってんの、お前」
「井澄」
 抜け出してきた井澄だった。
 わたしには井澄が必要だ。許された気がした。
 井澄に触れたい。寂しさを埋めて欲しい。けど、
「幸瑠、おれが振られたら本当の恋人になって」
 井澄の薄い唇が決意で固く結ばれていた。

←前のページ 目次 次のページ→