オリジナル小説サイト「渇き」

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青嵐吹くときに君は微笑む チャイニーズガール

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 作業の合間のオフ日の昼下がり、僕はウォンさんとノエルさんとでニューヨーク南部にあるチャイナタウンに来ていた。

「Oh! チャイニーズな雰囲気で楽しいわね」

 陽気でノリノリのノエルさんと、

「な、懐かしい。でも人多い」

 人の多さと活気に怖気づきつつも楽しんでいるウォンさんと、

「豚の角煮! ああっ、こっちには焼き餃子!」

 いつもの5倍のテンションのナギサでお送りします。

 

 事の発端は先日、日本出身の土橋さんと円谷さんとでそろそろ日本食が恋しいという話をしていた。アメリカのご飯も美味しいけれど、やはりふっくらご飯と出汁香るみそ汁が欲しくなってしまうのは身に沁みついたソウルフードだからだろう。いや、パンケーキもハンバーガーも美味しいですよ? でも醤油味の煮物やお酢の酸味のきいた和え物がそろそろ食べたくなってくるのだ。

 そんな話をしていたところ、竜ヶ崎さんが北米で3番目に大きなチャイナタウンがニューヨークにあると教えてくれたのだ。流石旅人さんです。

 

 屋台に挟まれた活気と喧噪のある通りを僕らはあれやこれやと目移りしながら歩く。何かを見つけてはどこかへ行ってしまうノエルさんに人ごみに若干気圧されているウォンさんがぴったりとくっついて離れないという何とも微笑ましい。女性同士のやり取りを見ていると何か微笑んでしまう。……あれ?

一方、僕は甘辛い香辛料の煮詰まる香りが僕の食欲を掻きたてられたが、今日は我慢すると心に誓っている。最近美味しいものを食べすぎだと思う。この間リーゼルさんにすごい剣幕で、なんで太らないの、と言われてしまったが、僕だってちょっとはダイエットしているつもり。でも20を超えると体質が変わるのか少し皮下脂肪が増えてきた気がする。バスケットボール部時代に比べたら運動量が全然違うものね。気を付けます。

 

 さて、何故この3人で行くことになったかと言うと、非常に簡単なことだった。

 僕が日本食を作りたくなって買い物に行こうとするが、話していた日本人組とは休みが合わず、またチャイナタウンでは中国語が飛び交っているという情報に英語も中国語も自信のない僕は1人では到底行けないと流石に思った。それで通訳にウォンさんに声をかけた。ウォンさんなら日本語も中国語も英語も話せるから大助かりだ。それで話を聞きつけたノエルさんがついてきた。この2人、いつの間にこんなに仲良くなったのだろう。微笑ましい。

 

 ニューヨークの洗練された空気とはまた違ういろんなものが混ざり合ったケイオスでオリエンタルな空気に心をふつふつと熱くさせ、僕たちは気儘に歩いた。掲げられた看板も漢字だったり、ハングルだったり、ひらがなだったり、アルファベットだったり。そんな異世界のような空間に非日常感を味わっていた。

 するとずっとノエルさんにくっついていたウォンさんがある屋台の前でふっと立ち止った。屋台の商品を見る限り、お豆腐屋さんらしい。

「ウォンはこれが食べたいのかしら?」

 ノエルさんが尋ねるとウォンさんはこくこく頷く。ふわふわの髪の上をちいさなお花が舞っているように僕には見えた。

 食べてみようということになって3人分ウォンさんが中国語で注文する。すると恰幅の良い店主は鍋の中の白くて柔らかいものをお玉ですくってプラスチック製の容器に入れ、ハチミツのような液体を上からかけた。

 豆腐に蜜という不思議な組み合わせに戸惑いつつも一口食べてみる。うん、豆の香りがする。ちょっと柔らかいけどちゃんとお豆腐だ。でも甘い蜜がよく馴染んで和菓子のような味がする。きな粉に黒蜜みたいな、そんな組み合わせだ。美味しいものをまた見つけてしまったよ。

「美味しい……甘いお豆腐もいいですね」

「そうね。すぐ溶けてなくなるし、喉ごしも最高」

 口々に感想を述べるがウォンさんは黙々と食べている。よっぽど好きなのだろうか。

「ウォンさん、これなんていうお菓子なんですか?」

「えっと、トウルーファっていいます。豆腐の花って書くの」

「そうなんですね、ありがとうございます。ウォンさんトウルーファが好きなんですか?」

「うん。で、でも杏仁豆腐のほうがもっと好き」

 口元を緩ませて微笑む様子があまりにも可愛らしくて見ているこっちも幸せだ。あまりの可愛らしさに感極まったノエルさんが抱き付いている。どこか中性的でお人形さんのような危うい雰囲気の美少女にダイナマイトバディ美女が抱き付くという図に道行く男性が振り返っているのですがそれは。見ているこっちが照れます。

 

 食べ終わって歩くこと数分、お目当ての食材店に到着した。

 カゴを持って店内をぐるりと回る。日本で食べられる粒の丸いお米に鰹節、醤油、お味噌、うどんも発見。うどんは今度ティムに食べさせてみよう。なんとなく。中華スープや卵麺も売られていたのでカゴに入れる。豆板醤やコチュジャンも発見したので入れておく。あ、ピータンだけは遠慮します。

 アジアの食材が揃っていてとても楽しい。気付いたらウォンさんとノエルさんが見えないのだけれどきっとどこかで食材を見ているのだろう。あの様子じゃウォンさんはノエルさんから離れないだろうし。

陳列棚を見ていると瓶詰の杏仁霜を見つけた。いいものを見つけてしまったな。

 

「ウォンさん、ノエルさん、今日はお買い物に付き合っていただきありがとうございました」

会計を済ませてまた地下鉄の駅を目指す。オリエンタルな異世界は夕暮れの紫色の空とネオンの灯かりでより一層テーマパークみたいに僕を不安にし、ワクワクさせた。

「いいのよー。アタシたちも楽しかったから。ね、ウォン?」

「う、うん。楽しかった」

「本当にありがとうございました」

 帰ったら杏仁豆腐の作り方、調べなくっちゃ。

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