オリジナル小説サイト「渇き」

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青嵐吹くときに君は微笑む 幸せな木曜日

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 木曜日の夜7時。それは僕にとっての最も楽しみな時間の1つであった。しかしニューヨークに住んでいる今、時間に縛られることなく日本から送られてくる最高画質でBlu-rayに録画されたその番組を観ることができる。でもなんだか6年前のゴールデンタイム進出からの癖でやはり木曜日の夜7時に観てしまうのだ。夕食は常備菜と自動炊飯の白米と決めている。勿論テレビの前で正座待機だ。

 

 先日、ミカエラさんと日本の音楽の話をしていた際、うっかり彼らの事務所の話のことをしてしまいマシンガントークをしてしまった。男性アイドル好きな男子って可笑しいと思われたかな……何より早口でまくしたてるように言ったものだから困らせたかもしれない。好きなものの話になると止まらなくなるのは万国共通だと信じておきたいな。

 7時ぴったりに再生ボタンを押す。聞き慣れたオープニングの音にワクワクする。今日の赤い人の服はなんだろう。今日は普通の服の日か。

 

 がさごそ、とアマタが木製のボックスから出てきた。アマタも観る?と視線を送ってみるがお腹が空いていただけのようで、牧草であるチモシーを食べ始めた。そういえばティモシーさんにアマタのご飯の話をしたら表情筋が固まってたっけ。思い出す度にふふっと笑ってしまう。そうこうしているうちに最初のゲームが始まっていた。

 

 劇団で働くようになってから番組で使われる装置をよく観察するようになっていた。ボールひとつとってもロゴのシールが貼られていたり、床材をゲームごとに張り替えていたり、細かいところに電飾が有ったり。番組では編集でカットされていたが、装置転換にはたくさんの人の力が使われている。

 以前深夜特番でこの番組の制作秘話が放送されていたのだが、1番大変な転換でもわずか12分しかかからないのだという。たくさんの人が決められた仕事を完璧にこなす。キャストの安全を第1に考えた熟練された技がそこにはあった。

 

 今日のゲストは以前、同じ事務所の別のアイドルが共演した女優さんであった。思わず僕は「会長じゃん」と呟く。役名で覚えてしまうのも万国共通なのかな?

とても好きなドラマだったのでよく覚えている。ドラマで使われるセットも意識して観てしまう。教室の外と内、実は別々の場所だったりするから面白い。繋がっているのに全く違う空間という状態を如何に繋がっているように見せるのか、というのも演出や美術スタッフ、そしてキャストの演技力にかかっているのだろう。舞台とはまた違った工夫がされているのだろうな。僕ももっと勉強しなきゃ。

 

 気付けばゲームも終盤で、はい、出ました「ナレーションベーション」。

 これもうっかり呟いてしまったためにちょっとしたひと悶着があったことを思い出す。

演出の問題でカットになってしまったシーンのことを何気なく独り言で「ナレーションベーションかー」と呟いてしまった。そのときは誰も反応せず過ぎていったのだが、打ち合わせ終わりに珍しくアネシュカさんに話しかけられたのだ。

「あの、その、ナギサさんまだ英語は不慣れですか?」

「うーん、まあまあ話せるようにはなってきたかもしれませんが、まだまだです」

「その、ナレーションベーションではなくてですね、ナレーションベースだと、思うんです。し、失礼なことをいきなりすみませんっ」

 あ、と思い出す僕。これ某アイドル用語だった。

「ああ、ごめんなさい。聞かれてしまいましたか、お恥ずかしいです。日本のアイドル用語なんですよ」

「ひ、ひい! そうとは知らずすみませんでした」

 涙目で何度も頭を下げるアネシュカさんに僕もどうしたらいいのか分からなくなって何度も頭を下げた記憶がある。様子を察したノエルさんに「Oh、私これ知ってるわ! 日本の『ししおどし』って言うのよね」と言われてしまった。近くにいた土橋さんに全力で否定され「じゃあ『赤べこ』?」とも言っていたがどこでそんな日本語を覚えてきたのだろうか。

 LBさんの「煩い」の一言でなんとか事態は収束したけれど周囲の皆様にはご迷惑をおかけしました。

 

 ニューヨークに来たばかりは不安でいっぱいだったけれど、今となっては楽しい思い出がいっぱいだ。来てよかったと本当に思う。素敵な仲間と残りの時間を有意義に使いたいな。間違っても番組の最終ゲームのようにやらなきゃよかった、なんて思いたくはない。

 よし、今からクッキーでも焼こうかな。

 明日が楽しみって幸せだね。

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