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「渚、誕生日おめでとう」
8月6日、午前0時ぴったりにこの言葉を聞くようになって2年目になった。
電話の主は、相原零くん。僕の大好きな恋人だ。男同士で付き合っていることはまだまだ隠れざるを得ないご時世だけれど、彼のことを好きだという気持ちを誤魔化すことなんかしない。その点、アメリカでは割とオープンだったな、なんて思い出してみる。
僕がアメリカのニューヨークへ飛んだのは、僕が20歳になってすぐの9月のことだった。コンサートやテレビ番組の舞台装置の勉強のため歌劇団STAR SPECTACLEの美術スタッフとして働きながらニューヨーク市内にあるパーソンズ美術大学に半年間留学したのだ。
はじめは慣れないことばかりだった。日本で買った観光ガイドと英会話例文集を片手にニューヨークを彷徨い歩いたことを思い出す。地下鉄の乗り方すら分からなくて、身振り手振りと拙い英語で駅員さんに尋ねたものだ。
劇団では緊張しっぱなしだったな。今ではティムやアンディとあだ名で呼ぶ友人たちにもいつも堅苦しく話していた気がする。LBさんに至っては目が合っただけで背筋を凍らせたものだ。
ティムといえば、彼を初めて僕の住んでいたアパートに招いたとき、僕はカミングアウトしたんだった。
「いつも作業の休憩時間に嬉しそうにスマホ触っているけど、ナギサ、彼女いるのか?」と冗談半分に訊かれて、つい「ガールフレンドじゃなくてボーイフレンドですよ」なんて答えてしまったんだ。
ニューヨークは世界最大規模のゲイパレードが行われえる街だと頭の片隅にあったのもあったが、僕は自分の殻を破ってみたかった。隠さないで、ありのままで、好きな人のことを好きと話してみたかった。男性が好き故に自己肯定できなかった忌々しい記憶が甦る。
ティムが「そっか」とたった一言答えるまでの長い一瞬、心臓が早鐘を打った。喉まで痛かったのを覚えている。その一言と屈託のない笑顔で僕がどれだけ救われたか、ティムは知っているだろうか。
その後、僕は周囲に零くんのことをぽつりぽつりと話すようになった。劇団の人たちが優しい顔をして聞いてくれるから、僕は嬉しくてたまらなかった。「リア充爆発しろ」なんて言われたこともあったっけ。
楽しかった。僕を僕でいさせてくれてありがとう。みんな出会ってくれてありがとう。
アンディさんに言われた「誕生日ありがとう」という言葉を胸に僕は眠った。
数日後、いくつか届いた小包を零くんと開けてみることにした。
「えーっと、これはLBさんとアンディさんだね」
両手で抱えるほどの大きさの段ボール箱には2人の名前が書かれていた。
「アンディさんってテレビ電話中もカメラ回している人?」
「そうだよ」
ニューヨークにいたときにみんなで零くんとテレビ電話をしたのだが、そのときもアンディさんがカメラを回していたことを思い出してふふっと笑う。
ガムテープで補強された箱をなんとか開けると「キャー」と僕は声を上げた。
「アマタ! アマタのぬいぐるみだ!」
「おお、すげぇな。柄まで一緒だ」
ぴょんぴょん跳ねて喜ぶ僕の頭を零くんが撫でて落ち着かせる。先日、アンディさんに言われた通りの反応をしてしまったことに気付いて頬を赤く染めた。ということは、うさぎのぬいぐるみはアンディさんからだ。ニューヨークでは売っているところを見たことが無かったから、アンディさんにどのお店で買ったのかを後で訊いてみよう。
箱の中には他にはカナダ産のメイプルシロップの瓶詰めが入っていた。これはお料理に使おう。まずはシンプルにホットケーキかな? 紅茶にも入れてみよう。
「他には何か入ってる?」
零くんと一緒に箱の中の梱包材を取り除いて宝探しをする。掴んだものは手のひらサイズの箱だった。
「えっと……」
箱に書かれた文字を読むと、僕は顔を真っ赤にして段ボール箱に戻し蓋を閉じた。
「渚、どうかした?」
「ナンデモナイデスヨ」
「目がぐるぐるしてるよ? 大丈夫?」
「ダダダ、ダイジョウブデス」
いくら零くんとのことをオープンにしていたからってこれは恥ずかしいですよLBさん……ありがたく後で使わせていただきます。何、ツイストタイプって。
「あとはバリーさんからDVDだね。えーっと……スタスペガールズファイブ?」
「なんだよ、その女児向け戦隊アニメみたいなタイトル」
零くんが苦笑しているが、とりあえずデッキにかけてみる。
明るいテンポのいかにも「あいどる」な曲に合わせて登場したのは陽咲、アネシュカ、エミリア、リーゼル、カトリの5人。このフリフリのミニスカートに膝上の靴下は誰のセンスなのだろうか。まさかLBさん……というか、舞台装置まで本格的でびっくりする。音響はノエルさん、照明はルシャさんなのだろう。半年間で感じた彼らの癖をところどころ感じる。
「渚、渚が居たのってミュージカル劇団だよね?」
「こういう演目じゃないのかな」
バリーさんからの手紙にはスタスペのメンバーで即席アイドルを結成してみたと書いてある。ということは、つまり僕のために企画してくれたということだ。いつも奇想天外な発想で楽しませてくれるバリーさんらしいと口元が緩んだ。
「ふふ、懐かしいなぁ……」
画面の中で個性豊かに踊る彼女たちを見て呟いた。彼女たちだけではない。衣装も音楽も照明も舞台装置も脚本も、全て仲間が作り上げたものだ。
オフショットコーナーでのメッセージをひとつひとつ僕は日本語に訳して零くんと見ていた。ひとつひとつ言葉にするたびに思いが零れて涙となる。また一緒に舞台を作りたい。僕を成長させてくれた仲間にありがとうを伝えたい。たくさんの思い出をくれた彼らのことが好きだ。
ぽろぽろと涙を零す僕の背中を零くんが抱きしめてくれた。
僕の誕生日がこんなに晴れやかなものになって2年目。
19の誕生日は悲しみと孤独の中に居た。
20の誕生日は愛する人と離れる不安に泣いた。
そして21の誕生日は、たくさんの仲間との思い出を胸に抱いて。
僕の宝物がいっぱいです。
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