オリジナル小説サイト「渇き」

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青嵐吹くときに君は微笑む Side Boys ひだまりの匂い

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 俺たちが一緒に暮らし始めて、初めての冬が来た。

「渚、洗濯物畳んじゃうね」

 キッチンの方から「零くんありがとー」と愛くるしい声が飛んでくる。同じ生活空間に愛しい人がいる。頬の内側から幸せが染みだしてぴりぴりと産毛が立った。

 二人で暮らし始めてから買い換えたドラム式洗濯機からふかふかの服たちを取り出す。二人で選んだ柔軟剤の匂い。俺たちに馴染み始めた家族の匂いだ。

 カゴに移したひだまりをフローリングの上に一度広げる。やわらかなものの気配を感じ取ったアイツが軽やかな動作でやってくる。

「こら、アマタ。洗濯物に毛が付くから」

 アマタは渚先輩が留学時に飼い始めたミニうさぎだ。青みがかった銀色と輝くような白色の毛は撫でるとひんやりと水分をたたえている。アマタは洗濯物の山を掘るのが大好きだ。それはちょっと困るので膝の上に捕獲する。とくりとくりと人間より少し早い鼓動が生きていることの証明だ。

「はい、しばらくはここにいなさい」

 膝で挟むとアマタは大人しく寝転がる。足の裏もふさふさしていて、毛が生えていないのは眼孔だけではないかと思う。最初は俺に懐かなかったアマタも、今では俺に身をゆだねてくれる。全く、可愛いんだから。

 洗濯物は季節を表している。インナーは長袖に。靴下は厚いものに。そして今年初めてセーターを洗った。俺の服と渚先輩の服を並べると大人と子供みたいだ。先輩は俺より背が十五センチも小さく、Sサイズだったり、たまにレディースの服も着ている。それを思うと夫婦かも、と考えるのは少々こっぱずかしく、馴れることはなかった。

「零くん」

 背中に、愛しいぬくもりが触れる。

「なんですか? 渚先輩」

「まだ僕は『先輩』なの?」

 いじわるく言う彼に敵わなくて、俺は耳まで染めた。

「う、ううん。渚」

「ふふ。もう高校卒業から七年だよ。そろそろ馴れて」

「分かった。でも、渚はずっとあこがれの先輩です」

 そっかー、と渚は強く俺を抱きしめる。ふわふわの髪がうなじに当たってくすぐったくて、心までくすぐったかった。

「ふう、零くん補給した」

「補給できた?」

「うん。おかげさまで」

 歯を見せて笑う渚が可愛くて、俺は顎を引き寄せた。

「俺も渚補給した」

 もう、と嬉しそうにむくれるこの人を思う気持ちを、どう言葉にしたらいいのか俺には分からなかった。

「あーアマタが脱走してる!」

 いちゃいちゃしやがって、とばかりにアマタは折角畳んだ服の山を倒してこちらを見ていた。耳を倒して「聞きませんよー」とばかりに。

「こらー! アマタめ。おでこバイブの刑に処す」

 小さな額を指でぐりぐりしてやる。気持ちよさそうに鼻を手に寄せてくるのだから可愛い。そして手を離すととてつもなく寂しそうな顔をする。与えられているものが無くなることも悲しみだ。しばらく反省していなさい。

 しょぼくれてうたた寝を始めたアマタをよそに洗濯物を畳み直す。俺の洗濯物畳みはいつもこうして時間がかかる。

「渚はご飯できた?」

「うん。鱈が安かったからお野菜と煮て鍋物にしてみたよ。久しぶりの休みだったから気合い入れてお出汁から取ってみました。いつでも食べられるよ。シメはご飯炊いたから雑炊ね」

「いつもこんな美味しい物食べてていいのかな」

「いいんだよ。お洗濯物してもらってるから平等」

 ね? と同意を求める声に俺は救われる。全く、先輩には敵わない。

 よし、と畳み終えた洗濯物を抱える。

「はいはい、アマタもご飯にしようね」

 渚がアマタを抱きかかえてカゴに戻す。ご飯を入れてやるとポリポリと小気味よい音を立てて食べ始めた。

「ねえ渚」

 なあに? と彼の唇は柔らかく弧を結ぶ。

「愛してるよ」

「なんでこのタイミング?」

「思ったから、じゃダメ?」

「そんなこと言ったら」

――僕はいつでも言わなきゃいけないね。

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