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「へー、コンサートの日に零ちゃんがナギちゃんをナンパねー。やるじゃん、君」
「ナンパっていうか、偶然会っただけで」
「でも好きなんでしょ?」
助けてください。この人すごく強烈です。明るいを通り越してギラギラしています。恋バナ大好き女子大生怖いです。
「好きというか、その、先輩として、はい」
「ホントんとこはどうなんだろうねー。ね、ナギちゃん?」
「華ちゃん、零くんをイジメ過ぎないよ?」
呆れて笑う先輩の耳がほんの少し赤いなんて、俺の心は舞い上がりそうだ。
「お兄ちゃんは無いでしょ。男同士なんだし」
先程から黙々とローストビーフとマッシュポテトを食べていた滴がポツリと言う。
「え? ナギちゃんゲイだし、普通じゃない? 毎年二人、クソレズ&クソホモで寂しくクリスマスしてたじゃんね」
「えっ……?」
滴のナイフが落ちる。そのまま、心臓に落ちたかのように滴は真っ青になっていた。
「レズ? ホモ? どういうこと?」
滴は酒本先輩と扇田さんを交互に見て、それから俺に戸惑う瞳で助けを求めた。
「あっちゃー。もしかしてナギちゃん言ってなかったの? ごめんね」
「いいよ。いつかは言わなきゃ、って思っていたし」
酒本先輩は息を整えると、俺たちの方に向き直った。
「僕は同性愛者。男の人が恋愛対象なの。滴ちゃんが僕のこと好きだって知ってた。知っていたから言えなかった。本当にごめんなさい。それでね、零くん」
――零くんのことが好きなの。
「滴、しずく! 待てってば」
コートも着ないで飛び出した妹を追いかけて俺は走った。真っ暗な空から冷たい雪が静かに降りてくる。きっと明日には一面を白に染めるだろう。
駅前のロータリーで滴の冷え切った細い手首を掴む。
立ち止った滴は小さな声で言った。
「お兄ちゃんは知ってたの?」
俺は後ろから抱きしめて言う。
「うん、知ってた。再会したあの日から」
「なんで、教えてくれなかったの? 私言ったよね、渚先輩のこと好きだって」
「言えるわけないだろ。人のプライバシーを」
「そう、そうだよね」
滴は、声をあげて泣いた。身体が引き裂かれるような、雪の静かさを恨むような声で。
「なんで私じゃないのよ。なんで先輩は私を選んでくれなかったの? 性別でごめんなさいされるなんて思わないじゃない……私に勝ち目なんて、ひとつもないじゃない」
「お兄ちゃんさ、酒本先輩のこと好きだよ」
「知ってるよ」
「それも、多分高校一年生で初めて出会ったときから」
「何それ……敵うわけないじゃん」
ふふ、と滴は涙を拭って笑った。
「お兄ちゃんは渚先輩と付き合うの?」
「うん。先輩がやっぱりなしって言っても、いつまでも待ってる」
「何それ、無駄にカッコよくてムカつく」
滴は俺の頬をつねって言った。
――渚先輩を幸せにしなかったら許さないから。
「ただいま」
先輩の家に戻ると、扇田さんが「よっ、青春兄妹」とはやし立ててきたが、原因が自分であることを忘れているのだろうか。いや、笑うことでしか救われないと知っているんだ。
「おかえりなさい、零くん、滴ちゃん。ケーキあるから食べようか」
ダイニングテーブルの真ん中にはチョコレートのロールケーキ。柊の葉が飾られたブッシュドノエルだ。
「これはあたしからのおみやげね。うちのスーパーの商品の中でも一番高いやつだから」
扇田さんは、ナギちゃんにはいつも美味しいご飯食べさせてもらっているから、と笑った。
「あっ、やっぱりナギちゃん手作りの方が良かった?」
「それは渚先輩が大変過ぎですから」
「おっ、しずくっち、分かってるね」
女の子は強い。失恋してもこうやってすぐ笑う。いや、たくさん泣いたから笑えるのだ。感情は出すことで整理できる。その勇気を持った人だけが笑えるんだ。
あのコンサートの日、泣いた酒本渚は心の整理ができたのだろうか。
「酒本渚先輩、俺と、付き合ってください」
先輩の笑顔を見たい。これは鮮烈な一目惚れ。そして願いは、今、叶った。
「本当に泊まっていっていいんですか?」
「うん、こんな雪だし、クリスマスを一人で過ごすのは寂しいから」
目を伏せながら食器を洗っている先輩は言った。
彼の睫毛の先が小さく揺れて、食器を拭く手が気付いたら止まっていた。
本当にこの人と両想いになれたんだ。そう思うだけで、大声で叫びたいような、身体全体を暖かな毛布でくるまれたような心地がした。
「お兄ちゃんのどこがいいんだろ。あんなもっさい万年ベンチ男なのに」
「うんうん、男のどこがいいんだろ。柔らかなおっぱいの素晴らしさが分からないのかね」
「そりゃ、優しいところはあるけど、絶対詐欺とか遭うから。お兄ちゃんバカだしヘタレだし」
「バカ男なんて滅べばいいのよ。美少女さえいればあたしは幸せなの」
リビングから呪詛怨念の塊談義が聴こえてくる。しかも微妙に噛み合っていない。こたつの魔力から逃れられない彼女たちはうだうだと机に頬を乗せて語り合っていた。
「ごめんね、いつにもまして華ちゃんがバカ言ってて」
「大丈夫です。俺の妹も酷いんで」
顔を見合わせてふふ、と笑うと、自然と唇が重なっていた。生クリームとチョコレートの甘い味。
「あーナギちゃん、ちゅーしてるー! これだからリア充は! アベックなりたて男共はさっさと皿洗い終わらせてベッドでギシアンしてろ、バーカバーカ!」
「お兄ちゃんのバカー! 私だってしたいのにぃ!」
こたつ方面から大ブーイングが飛んでくる。見られていたことを思い出して耳が熱くなった。
扇田さんが妹に「じゃあ、あたしとちゅーする?」と訊いてあっけなく断られていたところで、俺たち四人、みんな笑っていた。
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