オリジナル小説サイト「渇き」

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After Vanilla

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 緑の香りというものがこんなに芳しいのだとシャルと呼ばれた少年、愛実は知った。部屋の窓を開け放つと麗らかな陽気に照らされた庭の草木が輝いている。

「真琴、おはよう」

 さらさらの寝癖のついた髪をかきあげる愛しい人に愛実は抱き付く。今日は引田の久しぶりの休日だ。

「愛実、おはよう」

 二人は自然と唇を寄せ、目を合わせて微笑んだ。何もかもが満ち足りた二人は世界に祝福されているかのように照らされる。愛実の美しい黒髪を引田は撫でると、今日は二人で出掛けようと提案した。

 

 引田の家のことを全て任せている萩野に今日は夜まで出掛けると伝えると、引田は車のキーと財布を持って愛実を外に連れ出す。いつものスーツ姿とは違うラフなシャツとジーンズ姿に愛実は新鮮さを感じていた。何台かある車のうちのスポーツタイプを選び、愛実を助手席に座らせると、車のエンジンをかける。

「真琴って運転できたんだね」

「そりゃあ、車で通勤しているからね」

 なんか、かっこいい。と呟くと、引田は気をよくして口角を上げる。

「どこへ行くの?」

「君が喜ぶ場所だよ」

 そう言うと、二人は初めてのデートへ向かった。

 

「何あれ! あの長いの何? 鼻なの?」

 大興奮で柵の向こうを指差す愛実の姿に引田は大変満足していた。

「あれはアフリカゾウだね。世界で一番大きな哺乳類だよ」

「あふりかぞう? テレビで見たことあるかも!」

 初めての動物園にはしゃぎ回る愛実のきらきら輝く瞳が嬉しくてたまらない。あれは何? これは何? と訊いてくる愛実に知っている知識を話して聞かせた。

「なんかぺたぺた歩いてる? えっ、水に飛び込んだよ! 速いね」

「これはペンギンだね。水の中を泳ぐ鳥だよ。こっちがキングペンギンで、こっちがフンボルトペンギン」

「鳥なのに泳ぐの? 飛ばないの?」

「ペンギンは飛べないよ」

 ふーん、と愛実は眉を下げると、ペンギンは可哀想だと呟いた。どうして、と尋ねると、愛実は悲しそうに言う。

「他の鳥たちは飛べるのに、ペンギンだけ飛べないのは仲間外れだよ。空を知らないのは、昔の僕みたいだ」

 愛実の肩を引田は抱き寄せる。

「ペンギンにはペンギンの生きる世界があるんだ。愛実が生きてきた世界のようにね。それは不幸だったかい?」

 ううん、と愛実は首を小さく横に振った。愛実は全てが嫌だったわけではないと今は思えるようになっていた。性の世界で輝いていたときも、父とは知らずに北原と過ごした日々も、引田に見初められてからも、全てが愛実にとっての糧になっていた。要らない過去なんてない、そう思えるようになるまで随分遠回りをしたものだ。

「階段は見上げれば果てしないけれど、見下ろしたらあっという間だね」

 今の満ち足りた幸福を引田と共に分かち合えることが嬉しくてたまらなかった。

 

 それからライオンやキリン、クマにサルにカバまで、様々な動物を観ては愛実は興奮していた。オウムに話しかけられて驚いた愛実は、引田の背中に隠れながら「変なやつ」と何度か睨み付けた。さながら幼稚園児だと子供返りした愛実を見て引田は頬を緩ませていた。

 中でも愛実が気に入ったのはユキヒョウだった。

「白くて、もふもふで、ものすごく可愛い」

「そういえば、君に似ているね」

 鋭く官能の色を示す瞳としなやかな体のラインがとてもよく似ている、と引田は付け加える。

「僕はこんなに毛むくじゃらじゃないよ」

「でも触れたら食べられそうなところは似ているよ」

 その言葉に、愛実のアーモンドの瞳に火が灯る。

「真琴は食べられたいんだ」

 引田は肩をすくめると、愛実の手を握った。

「愛実はどうしたい?」

「僕は、真琴に触れたい」

 いいよ、と引田は愛実を連れて駐車場へと向かった。

 

 山間にひっそりと立っている派手な外観のホテルの駐車場に引田は車を滑らせた。休日とあってか車が多い。もっとも、こんな山奥のホテルに徒歩でやってくる人はいないのだろう。

 ロビーのタッチパネルで一番高い部屋を選ぶと、ルームシートを取ってエレベーターに乗り込む。最上階を選択すると、引田は愛実を抱き寄せて我慢できないとばかりに熱いキスを落とす。

「んっ、真琴がっつきすぎ」

「嫌いかね?」

 眉間にしわを寄せた雄の顔に愛実は耳まで赤くすると、引田の胸に顔を埋めた。

 手を繋いで入った部屋は、ダークブラウンを基調としたインテリアの一室だった。シャルだった頃に客とラブホテルに入ることは頻繁だったが、これほど落ち着いた雰囲気で広い部屋は初めてだった。何より、心から愛しいと思う人とこのような部屋にいることが気恥ずかしくて、これから起こることへの興奮で肌がピリピリと張りつめた。

 愛実がシャワーを浴びるために踵を返そうとするが、引田は彼の手を強く引いて抱き締める。突然のことに心臓が飛び出そうだった。

「真琴、お風呂は?」

「このままじゃダメかね?」

「今日の真琴は我慢が足りないよ」

 愛実は引田のシャツの裾から手を入れて、ほんのりと汗でしっとりする背中を抱き締める。体温に浮かされたムスクの香りが鼻いっぱいに充満してクラクラしそうだった。

 引田は愛実の薄く柔らかな尻を撫でると、耳元で呟く。

「どうされたい?」

 低い声が腰に響き、中心に熱が点る。

「酷くして、真琴」

 

「ひぃっ、やめて、まことっ、ひぁっ」

 愛実の甘い拒絶に引田は気を良くして、足先からふくらはぎに唇を沿わせ、味わった。膝の裏を尖らせた舌で優しくなぶると愛実は弱すぎる刺激がこそばゆくて、恥じらいとくすぐったさに隠れた快楽に身悶えする。

「その割りには、悦んでいるようだけれど?」

 蜜を吐き出す愛実のペニスの根本に吸い付き、しっとりとする内腿にたくさんの優しいキスを落とす。脚を秘孔まで見えるほど広げさせ、快楽に上気し涙でどろどろになった扇情的な顔に引田は身震いした。

「くすぐったいだけだから、真琴、もっと」

 愛実が求めているのは「痛み」だと引田は知っていた。でもまだあげない。ご褒美は最後にあげるものだ。

 引田はローションを手に取ると、掌で暖めてから孔に塗り込む。馴れることのない異物感に愛実は啼いた。引田のほっそりとした指が中を蹂躙する。

「ひぁっ、あっ」

 愛実の固くなったイイトコロを指で圧迫すると、愛実は今までより高い声をあげる。体を悶えさせ、体に緊張と快楽が交互にやってくるようだった。

「あっ、だめっ、あっ」

 もう少しで快楽の峠を越える。太ももから脹ら脛に力が入ったところで、引田は指を抜いてしまう。お預けされた快楽に愛実は熱い息を吐いて引田を睨み付けた。

「私にも触れてくれないかい?」

 引田は愛実の傍に横たわる。息を切らした愛実は引田の芯を持った中心にキスすると、口先で皮を摘まんで大きな漆黒の瞳で引田を見つめる。

「いい眺めだ」

 引田の手を取ると自らの頭に添える。中心を舌先で下から上へとなぞると、引田は愛実の柔らかな髪に指を通した。その優しさが愛実は好きで、シャルには物足りなかった。

 愛実は口を開いて引田のものをめいっぱい咥える。裏筋に下を沿わせると、引田は微かに声を漏らした。捻るように唇で刺激する。

「んっ!?」

 引田の手が愛実の頭を押さえつける。喉の奥に当たる嘔吐感と窒息感に愛実は酷く興奮し、涙をこぼして咳き込んだ。

「真琴、もういいでしょ?」

 愛実はゴムを引田のものに手慣れた手つきでするすると装着すると、一思いにアヌスに呑み込んでいく。

「ぅっ……くぅ」

 引田が見上げた愛実は、最高に美しかった。汗で上気した体は性のために産まれたかのようで、しなやかで熱かった。

 愛実はゆっくりと律動をはじめる。ゆっくり呑み込み、速くギリギリまで引き抜く。動きに合わせて急く息と眉間の切ない皺。人を魅了する何かを全身から発しているような気がして引田は離さまいと彼を抱きしめた。急に奥まで当たる衝撃に愛実は甲高い声を発する。

「なぁに、真琴」

「いや、君のことが好きだと思って」

 言葉を濁す引田に、愛実は彼の肩に歯を立てる。耳に息を吹きかけて、低い声で問う。

「何を思っているの、真琴」

 君には敵わない、と引田は笑った。

「あまりにも愛実が綺麗だから、私のもとから羽ばたいていってしまわないか心配なんだ」

 ふふ、と愛実は笑うと、引田の唇を塞ぐ。

「僕はどこにも行かないよ。僕は真琴の傍に居る」

 愛の言葉で誤魔化すのは真琴の悪い癖だ、と愛実は拗ねてみせる。愛実は一度ペニスを引き抜くと、四つん這いになって、ねだってみせた。引田は覆いかぶさると一思いに貫く。

 律動に合わせて漏れる二人の吐息。快楽に堕ちるのがどこか不安で愛実はシーツに爪を立てた。

「ひぅっ、あっ、まこと、好き、すきぃ」

「つぐみ、好きだ」

 激しい律動の中、引田は耳元で呟く。

「ユキヒョウみたいなネコ科の動物は、うなじを噛むことで排卵を促すんだ」

 引田は愛実のうなじに歯を立てる。待ち望んでいた痛みと野生に愛実は身体を振るわせて達する。

「ぃっ……っは」

 激しい収縮に引田も同時に達する。崩れ落ちるように重なり合った二人は、息も絶え絶えで、幸せそうに微笑んだ。

 

「真琴、僕はメスじゃないから子どもはできないよ」

 大きな湯船で二人はならんで身体を温める。

「でも感じていただろ?」

 耳まで真っ赤にした愛実は、真琴のバカ、と拗ねる。

「そんなに怒ったら、折角の美人が台無しだ」

 愛実は引田をきっと睨む。

「これくらいで僕の美貌が失われるものか」

 あっけにとられた引田は思わず笑いだす。

「な、なにさ、真琴」

「やはり君は可愛いよ」

「可愛いって、僕は男だ」

 ますます拗ねてみせる愛実を抱き寄せ、ひとつ、キスを落とす。

「夜は何が食べたいかい?」

「お肉がいい」

「ふふ、そうか」

 二人はまだ始まったばかりの夜の時間を楽しむのであった。

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