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二度目の朝がやってきた。今日は早く目が覚めた。眩しすぎるほどの木洩れ日にはまだ目が慣れない。全身に残る性の気だるさにシャルは満足していた。
横で眠る飼い主の頭をシャルはそっと撫でる。整髪料の付いていない柔らかくこしのある黒髪が指の隙間を流れていく。人の生ぬるさに吐き気がしそうだとシャルは自嘲した。
「シャルくん……? おはよう」
引田がシャルの手のひらに唇を寄せるとシャルはその右手を自ら口付けた。
身体を重ねた者同士にしかない距離感、というものをシャルは知っていた。
引田の胸板に頬を寄せると、引田はさも当然とばかりに背中に腕を回す。もし刃物を持っていたとしてもきっと彼は受け入れるだろう。
あの使用人、萩野と引田もしているのだろうか。もしそうだとしてもシャルは引田との関係を「トクベツ」だと思っていた。「トクベツ」を勝ち取った。それだけ性はシャルの中心に在った。
二人並んで寝室を出ると、ちょうど朝食の準備にやってきた萩野が玄関にいた。萩野は膝の力が抜けるのをこらえ、極力明るい声で朝の挨拶をする。一緒に住むと分かった時から覚悟をしていたことだったのに、いざ目の当たりにするとダムが決壊するように感情があふれて身が壊れてしまいそうだった。
「萩野さん、おはよう。こんなに早くから来ているんだね」
「おはようございます、シャルさま」
嫉妬と悲しみで、これ以上言葉は続かなかった。
黙っているとシャルは揚々と居間へ続く階段を昇って行ってしまう。一瞬の勝ち誇った笑みを、萩野は見逃さなかった。
少し伸びた顎ひげをかいて、ばつの悪い顔で引田が萩野に挨拶をする。
「気持ち悪いと思ったかい?」
「いえ……驚きましたが、分かっていたことです」
引田が言い残した「すまない」の一言が、萩野の胸に重く残った。
引田が出勤すると、広い屋敷にはシャルと萩野の二人だけになった。
「萩野さん、何をやっているの?」
これですか? と萩野がダイニングテーブルに広げた参考書とノートパソコンを見せる。
「大学の課題のレポートですよ。テキストを読んでレポートを書いて出すと単位が貰えるのです」
「タンイ、って何?」
「えっと、この勉強がちゃんと完了しましたという証です。その単位を百とちょっとあつめると大学の学位というものが貰えます。大学の勉強を修めましたという証ですよ」
ふーん、とシャルはノートパソコンを覗き込んだ。ちらり、とシャルのシャツの胸元から肌に刻まれた赤い証が見えた。萩野は顔を背けて震える声で話を続ける。
「シャル様もやってみますか?」
「僕が勉強できるわけないよ」
シャルは肩をすくめてみせた。萩野のパソコンに表示されていた書きかけのレポートが殆ど読むことができなかった。漢字やカタカナ語の意味が分からない。別にそれでもいいとシャルは諦めていた。
「旦那様はシャル様に勉強してほしいとおっしゃっていました。僕もサポートします。分からないところはどうぞ訊いてくださいませ」
「嫌だね。僕はセックスさえできればいい。雄豚を調教するしか能のない犬っころの僕は飼い主を悦ばせることしかできないんだよ」
そう言い捨てるとシャルは階段を降りていってしまった。
残された萩野は「僕は悦ばせることすらできない」と呟くと、無機質に光る画面に写る泣き顔を見て嗤った。
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