オリジナル小説サイト「渇き」

恋愛小説、純文学、エッセイを扱った小説家・佐倉愛斗オリジナルサイト

Vanilla08

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 シャルは初めてデパートというものに足を踏み入れた。世界のことを知らなくても分かるほど清潔で高級な香り。黒いポロシャツと白いパンツを着たシャルは高級なブランド店が並ぶデパートでも霞まない美しさを放っていた。

「萩野さん、服と下着と靴は買えたけど、他にまだ買い物するの?」

「あとは好きな本ですね。シャル様はどんな本をお読みになりますか?」

「本? そんなの読んだことないよ。学校も行ったことないし、新聞も読んだことない」

 萩野は少しの沈黙ののち、では今日はやめておきましょう、とシャルを駐車場へ案内した。

 車へ乗り込むと、萩野はぽつりと語り始めた。

「わたくし事ですが、僕は小学校、中学校へ行っていません。今はこうして旦那様のお世話をさせてもらっていますが、旦那様のはからいで高卒認定を取得して今は通信制大学で学ばせていただいています。旦那様は本当に心優しいお方です。何もできなかった僕を大切に育ててくださいました」

 シャルは黙って聞いていた。引田が拾ったのは僕だけではなかったのだ。引田は「愛している」と囁くが、それはきっとこの使用人も一緒なのだろう。トクベツだと思い上がっていた自分に腹を立てていた。ただセックスが好きな僕はきっと飽きたら捨てられる。料理も洗濯も車の運転もシャルにはできない。愛されることが怖かった。愛なんていらない。昨晩引田の頬を叩いた手の痛みをじんわりと思いだしていた。

 

 シャルは夕食を終えて自室のテレビをぼんやりと見ていた。男二人が漫才をしているのだが何が楽しいのか分からなかった。ただ大きな声をだして時折頭を叩く。SMショーより品がなくて陳腐だった。

 玄関の開く音にシャルはホールに足を向けた。

「おや、シャル君。出迎えとは嬉しいね」

 引田の疲れ切った表情がほんの少し緩む。シャルの頭をくしゃりと撫でると引田は二階へと昇って行ってしまった。

 寂しい。

 誰でもいいのかもしれない。けれどシャルは誰かのトクベツでありたいと願っていた。以前の北原のように、いつでも傍に居てくれる人が欲しかった。愛がなくても寂しさを埋められるのなら……シャルの心に棘が覆い心臓を突き刺すかのようだった。

 

「引田さん、一緒に寝ていい?」

 寝間着姿で寝室に降りてきた引田をシャルは静かな声で抱きしめた。

「昨日みたいにぶたないかい?」

 引田は揶揄するように笑う。しかし瞳にはしっかりと熱がともっていて、慈しむように引田はシャルの黒い髪を撫でた。

「引田さんが変なことをしなきゃぶたないよ。でも今日は触れていいよ。身体のどこでも」

 それでも、キスだけはしないで、とシャルは付け足した。

「まだ私のことが怖いかい?」

「怖くてもセックスはできるよ。僕は娼夫。金を積まれれば誰とでも寝る」

「君が欲しいのは金ではなさそうだけれどね」

 シャルは黙って引田の胸に顔を埋める。手を腰に回すと引田はシャルをベッドへ引き倒した。鼻が触れ合う距離でお互いのいつもより速い呼吸を確かめあう。

「シャル君はどうされるのが好きかい?」

 シャルを抱きかかえて引田は耳を啄む。急く呼吸に鼻にかかった甘さが混ざった。

「気持ちよければなんでもいいよ。縛っても叩いても、おしっこを飲ませたっていい。骨を折られても構わない」

「へぇ……ショーとは違ってまるでマゾヒストみたいだね」

 引田は強く強くシャルを抱きしめると、首筋に唇で優しく触れた。身体の中の蝋燭に一本、また一本と炎を灯してゆく。

シャルのバスローブをひらりと脱がすと赤く熟れた胸の尖りを引田は抓る。頭を抜ける甲高い声がシャルの口から漏れた。引田はしたり顔をするので、シャルは恥ずかしくなって枕を抱きしめた。

「実は恥ずかしがり屋なんだね、君は」

「引田さんがそうさせるだけだよ」

 引田の愛撫はこそばゆかった。優しく、慈しむように、薄氷をすくいあげるように、赤子を抱きしめるように。その暖かさがくすぐったくてしょうがなかった。

「引田さん、もっと痛くしてよ」

 引田はシャルを抱きかかえると胸の尖りを口に含む。コリコリと未発達の乳腺を歯で遊ぶと、シャルは甘い声を漏らしてもっととせがんだ。与えられる甘い切なさが中心に熱を持たせ、蜜をどろりと吐き出させた。

「はぁっ、気持ちいいっ……」

「それはよかった。男を抱くのは初めてで不安だったんだ」

「引田さん、女の人には慣れていそうね」

 汗で吸いつく肌と、甘美な声。違うのは主張する雄が互いの腹を圧迫することだけ。シャルの細い腰を抱きしめて、引田はシャルの首筋を啄んだ。細い血管が切れる快楽にシャルはうっとりと目を閉じた。

「引田さん、今度は僕の番だよ」

 シャルは引田の反り立つ中心にちゅっと音を立ててキスをする。余った皮を口先でつまんで、ぬらぬらと光る先を露にさせる。舌で包むように咥えると引田の口から甘い溜め息が漏れた。

 気を良くしたシャルはその食感とぬるい海水のような体液の味を楽しむように口と舌を動かした。時折引田の腰が揺れるのが楽しくてついつい強く吸いついてしまう。

「シャル君、上手なのが悔しいよ」

「当たり前でしょう? 僕はセックスするために生まれてきたんだから」

 その言葉に引田はシャルを抱きしめることしかできなかった。どうしたらこの少年の心を癒せるのか、引田は分からなくなってしまった。一抹の劣情を抱いてしまった自分に、そして性に流されようとしている自分に泣きだしてしまいそうで、引田は顔を見られまいとシャルの頭を胸に抱いた。

「引田さん、そんなに僕を大事にしなくたってセックスはできるよ?」

 シャルは引田を押し倒すと、彼の劣情をずるりと呑み込んだ。身体を震わせるシャルの美しさに、意識が揺らぐようで。

「最低だ」

 シャルに聞こえないように引田は呟き、自制心を捨てた。

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