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薄暗い、この世から隔絶された部屋。繁華街の端っこにある小さなクラブのステージで、少年は妖艶に鞭を振るった。男は雄豚のような悲鳴をあげて、擦れて嫌に光る木の板に倒れる。ステージを囲む観客達は少年の冷たくも恍惚とした表情に息を熱くし、酒をあおる手を止めて見入った。
ラバーのボンテージに身を包みハイヒールを履いたこの少年は、客の間では『夜蝶のシャル』と呼ばれ、このクラブで一番の人気を誇っていた。透けるような美しい白磁の肌に、熟れた唇。整った顔立ちに冷たいアーモンドの瞳。黒い滑らかな髪と、精巧な球体関節人形を想わせる無機質な躯体は誰をも魅了し、だからこそこの世界にいるのであろう。
シャルは、カツカツと鉄底のヒールを鳴らして、這いつくばる男の前につま先を差し出す。男は当然とばかりに舌を伸ばすが、シャルは男の肉付きのいい顎を蹴り飛ばす。
「ぁ……あっ……」
歯が数本、血液と共にステージまで吹き飛び、悶絶する男の粗末なペニスは小刻み震え、白い水を撒き散らしていた。
「何勝手にイってんのかな、豚以下のゴミが」
シャルが男の顎を掴み、砕けた骨をジャリジャリと弄ぶ。悲鳴にならない声を上げ続ける男を一発平手打ちにすると、横のスタッフに連れていけ、と小さく指示を出した。スタッフに引き摺られながら、ありがとうございます。ありがとうございます、と男は叫んだ。
客席を見ると、股間を膨らませた男たちが今にも手を一物に伸ばそうとして、今か今かと熱い視線をシャルに集めていた。
「ここからがショータイムだよ」
シャルはボンテージの前のジッパーをゆっくりと、蛞蝓が歩くほどゆっくりと下ろす。ねっとりとした欲望の目を一身に集め、観客の息遣いに身を震わせてその固い服を脱ぎ捨てた。
シャルがゆっくり振り返ると、観客はその美しさに息を漏らす。シャルの腰の左の方。心臓から真下に流れ落ちた先に、一羽の蝶が止まっている。黒く、艶やかで、死の使者のような蝶のタトゥー。それが彼のトレードマークだった。
白い肌を安い白熱灯のスポットライトと観客の熱視線が焼く。背中にそう感じる。
またゆっくりと振り返ると、足を開いて床に腰を落とす。ハイヒールで高くなった踵を腿につけて、陰部をすべて晒す。
シャルはこの世の全てを見下す目で観客を見た。自身を見て情けなく発情して性器をしごく大人たちが滑稽で堪らなかった。そして、何よりそれが快感だった。
肌を裂くような興奮にシャルも自らに手を伸ばす。空気がまた一段と淫靡なものに変わる。
そこでシャルはある男の存在に気が付いた。
最前列のその男の服の乱れはなく、髪も整い、顔はまるで待ち人に出会えたかのような喜びに満ち、清潔で、美しかった。
この薄汚れたクラブに迷い込んだ不釣り合いな男は、シャルの目を奪ってやまなかった。
シャルは固いハイヒールを脱ぎ捨て、男に足を伸ばした。すると男はシャルの足の甲に頬を寄せたのだ。
シャルは指先で男の唇を奪い、そして声をかけた。
「おじさん、こんなところに何しにきたの」
男はまっすぐな目で答えた。
「君、私のためのショーをしてくれないか」
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