オリジナル小説サイト「渇き」

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ひだまりの中で君は手を引く 03

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「へー、零くんが家庭教師」

 華さんに頼まれて、と話すと、それなら安心だね、と返ってきた。

「零くんなら優しいし面倒見がいいからきっと大丈夫だよ」

 渚の励ましが何よりの力だ。

「俺なんかでいいのかな、って思ったけど、やってみるよ。何か始めたくて」

「うんうん。大丈夫大丈夫」

 電話の向こうのあたたかさを感じて頬が緩む。

 今までバイトというものをしないで生きてきた。滴は彼女の趣味が故に買い物が多いので高校生の時からバイトをしていたけれど、特に趣味もない俺は必要性がなくてしてこなかった。渚に憧れて入ったバスケ部になんだかんだ打ち込んでいたから時間もなかった。滴の方が大人だな、と引け目に感じていたところもある。それに、

「俺、この先何になるんだろう」

 あの後、デザートのメロンサンデーを食べる華さんに問われて答えられなかった。

「あんた、夢とかないんだね」と彼女は寂しそうに呟いた。

 将来何をしたいか。小学生の時は無邪気にパイロットとか野球選手とか答えておけば微笑ましいエピソードになるけど、二十歳を過ぎた俺はもうそんなふんわりとした夢を語ることはできない。「大人」という存在が目の前に迫っている。大学を卒業して、これからどう生きていくのだろう。渚は夢を掴んだ。滴もいつ決めたのか分からないけれど歯科衛生士になると言って専門学校へ進学した。明確なビジョンを持たないのは俺だけなのか。

「そうだね……職業としての夢って難しいと思う。けど、きっと零くんは零くんだよ」

 ――僕の大好きな零くんだもの。

 祈るように渚がつぶやく。

 きっと俺がどんな大人になろうと、渚のことを愛する気持ちは変わらないのだろう。

 胸の内に暖かいものが流れ込む。大丈夫、大丈夫と撫でられているよう。

「明日、オフなんだけど、家に来ませんか?」

 いじらしい声。大好きだ。

「うん、もちろん」

 

 今日は大学も休みで、大学生になってからも続けていたバスケサークルの練習も休み。渚と俺の出会いは俺が高校一年のとき、部活動紹介で華麗にシュートを決めた渚に俺が一目惚れしたのがきっかけだった。憧れだけでバスケ部に入り、そして今も続けている。渚がいなければ俺はバスケットボールを始めることもなかったのかな。

「ふふ、零くんだ」

 彼の部屋で優しく抱きしめる。渚の背は俺の肩ほどまでしかなくて、抱きしめるとすっぽり収まる。こんな小さな身体に、あふれんばかりの華やかさ。甘いシトラスの香りが鼻腔いっぱいに広がる。

「なぎさ」

 なあに、と微笑む。瞳は熱く潤んでいて目をそらすことができない。

「零くん怖い顔してるよ」

 男が好きな人を抱きしめてする怖い顔は、あなたを食べてしまいたいという意志の表れだ。

「俺が渚に怖いことしたことないでしょ?」

 そうだね、と引き寄せられる。唇が重なる。彼のどこを食べても甘美な味しかしない。

 口付けは次第に深くなる。体温が上がる。初夏のこの部屋にはまだエアコンはつけられていない。じんわりと汗がにじんだ。

 どれだけ年月を重ねても好きで居られる。どんなに尊いことだろう。

 彼のTシャツの中に手を滑らせる。渚は少し身体を緊張させる。きめ細やかな肌は汗ばんでいて、てのひらに吸い付く。

「続き、していい?」

 渚が頷く。Tシャツを脱がせて、首筋にキスをする。ふあ、と渚が声を漏らす。産毛が立ち上がる。俺が触れていないところなどないというくらいこの行為を重ねてきた。やさしく、やさしくしたいのに、どうして俺の中には凶暴な獣が住んでいるのだろう。

 渚をベッドに横たえる。首、肩、鎖骨、と口付けを落とす。彼に覆い被さる俺は肉を貪り食う獣そのものかもしれない。

 肉だけじゃなく、愛が欲しい。

 渚が膝を立てる。俺の充実した中心に触れる。与えられた刺激に俺は身体を震わせる。

「れいくん」

 彼の目もまた妖艶な凶暴さをたたえていた。俺を欲する彼と、彼を欲する俺。はっきりと聞こえる吐息と、確かに触れる熱。電話だけじゃさみしかった。さみしくないけれど、さみしかった。

 

 男の性行為は終わりがはっきりとしている。

 コンドームを縛ってゴミ箱に投げ入れて、腹についた渚のものを拭き取って終わり。

 けれど事後のまどろみだけはいつまでも続いているようだった。

「ふう、零くん補給した」

 汗で前髪が貼り付いた渚はとろんとした瞳をしていた。おでこを拭いてやるとこそばゆいと彼は言う。

 渚は小柄で華奢だけれど筋肉はしっかりとあって、ゆるんだ筋肉はふにふにと男のやわらかさがあった。いつまでも抱きしめていられる。彼の手が俺の胸に添えられる。俺は彼の手を掴んで手のひらにキスをした。

「好きだなあ」

 漏らすように呟いていた。

「ふふ、僕もだよ」

 自然と唇が重なる。

「泊まっていってもいい?」

「もちろん」

 ご飯の前にお風呂入ろっか、と彼は提案した。

 二人で入る風呂はちょっと狭くてとても気持ちよかった。

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