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青嵐吹くときに君は微笑む 15

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「お邪魔します」

 はいはい、いらっしゃい。といつもより化粧が濃い母が扇田さんと渚先輩を迎える。

冬の日曜日。今日は快晴で雲一つない。白んだ空に白鷲が一羽飛んでいた。

「まあまあ、美人さんじゃないの。零ったらもうっ」

「ママちょっとは落ち着いてよ」

 滴に釘を刺されても母さんは浮かれていた。いつも一緒に遊んでいる友達が来るとしか言っていないのにここまで勘違いされると、やはり世間一般のバイアスというものは恐ろしいものだ。

「初めまして、扇田華です。いつも零くんと滴ちゃんにはお世話になっています。こちら、お土産です」

 扇田さんは近所のケーキ屋のお菓子をバイト先で身に付けた営業スマイルで母に渡す。いつもの「クソ男」が出てこないか心配だったが、さすがにこれなら言わないだろう。

「初めまして、酒本渚です。零くんとは同じ部活で、それから仲良くさせてもらっています」

 後ろにいた渚先輩も続けて挨拶する。「母親」というものに渚先輩がどんな反応をするかと思ったが、滴とのリハビリの成果もあってか柔和な笑みを浮かべていた。

「あらあら可愛い先輩だこと。うちの零が迷惑かけてないかしら。さあさ、上がって頂戴」

 母に促されるがまま、俺たちはリビングに進んだ。

 リビングには父さんもいて、それぞれ挨拶する。

「零がこんな美人さんを捕まえるなんてなぁ」

「ねぇ」

 扇田さんが心の中で「まったくねぇ」と同意しているのが聞こえた。どうせ俺はクソ男ですよ。先輩のことを言い出せないような。

 リビングのこたつにみんなで足をつっこむ。先輩の家のこたつより小さい気がするのは両親と飼い猫がいるからだ。

 隣に座った渚先輩がこたつの中で手を繋いできた。誰にも見せないって、こういうことなのかな。

 

「――といういきさつで出会ったんですよ」

「へぇ、渚くんの友達だったのね。そんな偶然もあるものね」

 悠長に扇田さんが両親に俺たちの出会いを説明した。扇田さんって意外と饒舌だ。

「渚くんもアイドル好きってことは、もしかして滴と?」

「ママ、残念ながら私フラれてる」

 あれま、なんて母は笑った。父は少し不機嫌なのか照れているのかずっとみかんの白い筋を取っていた。

「フラれても一緒に遊んでもらえるなんて幸せなことよ。告白ってそれだけで今までの関係を全て失うこともあるのだから」

 そうですよね。と渚先輩は呟いた。自分の気持ちを伝えること。自分の存在を伝えること。それは恋愛だけではなくて日常にも潜んでいる。そして、何もかも失ったのが、酒本渚という人物だ。

 俺は、渚先輩からもう何も奪わせたりしない。

「あの、お手洗いお借りしたいのですが」

 先輩が申し出ると、滴も立ち上がってトイレまで案内した。

 こたつには俺と扇田さんと両親だけになる。

「あのね、母さん。俺が付き合っているのはこの人じゃないんだ」

――――俺が本当に好きなのは、

「何、どうしたの?」

 お手洗いから戻った渚先輩は、腫れた頬を押さえる俺を見てうろたえていた。

「どういうことなのかちゃんと説明しなさい。男同士で付き合ってるってどういうことなの?」

 母の言葉が胸を突き刺して、風穴が空いたように呼吸が苦しかった。今にも泣きそうな母を見ていると、渚先輩がしてきた経験の重さが、苦しさがほんの少しだけ分かった気がした。これが、同性愛者の宿命なのかもしれない。

「零くん、まさか」

「そう、このクソ男、ゲロっちゃった」

 渚先輩が膝から崩れ落ちた。慌てて滴が先輩の肩を支える。

「父さん、母さん、俺は酒本先輩のことが好きです。友情じゃなく、恋人として。『普通』じゃないことだって分かってる。この先しんどいことばっかりなのも。でも、好きなんだ。父さんと母さんには分かって欲しかった」

 俺は決して渚先輩に振り返らなかった。こんな顔、見せられなかったから。雫が拳に落ちた。

「零くんのお父さんとお母さん。僕が、僕が悪いんです。僕が零くんのこと好きだって言ったから、こっちの道に来てしまった。ごめんなさい。ごめんなさい。見捨てないであげてください。お願いします」

 渚先輩が泣き叫ぶ。渚先輩の乱れた呼吸を落ち着かせるために滴が背中をさする。

「今日はもう帰って頂戴。私たちと零で話します」

 母がそう言うと、扇田さんが「行こう」と先輩を連れて我が家を後にした。

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