オリジナル小説サイト「渇き」

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青嵐吹くときに君は微笑む 13

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「なんなの、あれ! もーお兄ちゃんのぽんこつ! なんで言い返せないのさ! バカ! 今すぐここから積もった雪にダイブしろ!」

 積雪三センチでそれをすると死にます。

滴は叫びながら大粒の涙を零していた。「渚先輩を救いたい」そう願っていたのは滴も同じだったから。

 俺は渚先輩に同情しているのか? この恋心の正体はなんだ? 弱いところをみせてくれて、支えたいと思って、触れたいと思った。それはいけないことなのか?

 ぐるぐると気持ちの悪いものが内側から内臓を食い荒らしているようだった。

 

 朝食は結局近くの喫茶店でモーニングを食べていた。コーヒー一杯分の値段でトーストとゆで卵がついてくる。さすが喫茶店王国だ。

「あーもー、むかつくから小倉も付ける!」

「あたしも!」

 ガールズはぶりぶり怒りながらトーストにマーガリンとプラス百五十円で小倉あんをつけてかぶりついていた。

「渚先輩、食べられますか」

「あっ、うん。大丈夫。ごめんね、ご飯作れなくて」

 真っ青な顔で俯く先輩の手を俺は握った。嫌な汗で濡れた先輩の手は、いつもより小さく感じた。

 渚先輩は小さな口でもそもそとトーストをかじる。そうしては意識がどこかへ行ってしまったように止まり、手を机に下ろしていた。俺も喉の奥まで何かが詰まったような心地で何も食べる気がしなかった。

「もー野郎共しっかりしろ! 戦いたくば飯を食え!」

「そうだよお兄ちゃん、今こそ食べよ! 店員さん、トーストおかわり! あとサラダも!」

「あたしもおかわり!」

 彼女たちのパワーは何処から来ているのだろうか。俺たちは、なんて弱い。

「俺は、先輩のことを守りたい。それってエゴなのか?」

 肺から息が漏れだすように言葉が出る。

「僕は、零くんに出会えてよかったと思う。でも利用してたのかな。寂しいからってとりついて、それって――」

「あーもークソ男共!」

 扇田さんが机を叩いて立ち上がる。

「そんなうじうじしてないで、あのショタコンジジイに言ってやればいいんだよ。『僕たちは好きだから一緒に居るんだ』って。そこのうじ男その一、愛しい人を守りたいと思うのは自然な感情! そしてうじ男その二、寂しくない人なんていないの! 寄り添って生きていくのことの何がおかしいの?」

 以上! と叫んで扇田さんは座り直してゆで卵をかじる。彼女の言葉は厳しいようで心を解かすような温かさにあふれていた。今にも泣きそうだと思っていると、渚先輩が鼻をすすって涙を落としていた。

「僕、敦さんに言われたんだ。めそめそして鬱陶しい。可哀想ぶって悲劇のヒロイン気取りか。って。僕はただ、愛してくれる人が欲しかった。父も母もいなくなって、どうしたらいいのか分からなかった。間違った恋愛しかできなかったんだ。だからね、怖いの。零くんは、今は好きって言ってくれてるけど、いつかまた嫌われたら……」

「馬鹿なの?」

 今度は滴だった。

「嫌われる前提で恋愛するなんて私はしない。もう恋人になれないって痛いほど感じて、悔しくて、悲しかったけど、私は渚先輩に嫌われる前提で恋してませんでしたから。先輩は元カレのことを引きずってるんですよね? はい、お兄ちゃん続き」

 滴に人差し指を向けられる。俺は深く息を吸った。

「俺は渚先輩のこと、大好きです! 俺がいつまでも先輩のこと口説き続けます。先輩が悲しいときも嬉しいときも一緒にいます。俺がそうしたいから、させてください」

 渚先輩は狭い喫茶店のボックス席、俺の腕の中で泣き続けた。俺の幼い決意。受け取ってください。

 俺はその後、先輩のスマートフォンを借りて敦さんに電話した。俺の決意と、これからの生活費は銀行振り込みにするようにと。

 男は嗤って、恋愛ごっこ楽しめよ、とだけ言い残し、了承した。

 先輩は、これでよかったんだ、と涙を拭って微笑んだ。

 

 あけましておめでとうございます。

あの日からというもの、俺は渚先輩の家に何度も通っています。たまに妹もついてきますが、好きだった人と実の兄がいちゃついているのを見せつけられるのはキツイと来る回数を減らしています。扇田さんは不定期にご飯を食べにやってきます。渚先輩が言うには、彼女は家出同然の状態で一人暮らしをしているので、給料日前になる、もしくは料理するのが面倒になると食べにくるらしいです。渚先輩が唯一の友達だから、と嬉しそうに笑うので俺も嬉しいです。一緒にご飯を食べて、公園でバスケを教えてもらったりして、少しだけえっちなこともして、楽しい冬休みを満喫しました。

 が、困ったことになりました。

「零、あなた最近よく出かけるし、泊まりに行っているようじゃない。もしかして、彼女でもできたの?」

 現在、母に問い詰められています。お世話になっているなら挨拶したいから家に連れてきなさい。そうじゃないなら非行に走っていないか心配だ。来年は受験なのだから遊んでばかりいないで勉強しなさい。

 高校の先輩だ、とは言ったものの、同性の恋人だなんて、言ってもいいのだろうか。

「言っちゃえば? ママそういうの寛容だと思うよ? 私とカップリング戦争するくらいだし」

 妹の部屋で膝を抱えてめそめそ相談する兄の姿。なかなかに惨めです。

「アイドルの、カップリング? は割とネタというか、芸能人じゃん。俺らはリアルで、本物の同性愛者で、この先、結婚できないし、子供もできない人生オワタ組なわけだよ? 母さんが許すと思う?」

「これはまた相談案件だね、よし」

 滴はスマートフォンを開き、グループラインにメッセ―ジを送る。

「緊急事態。全員酒本邸に集合!」

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