オリジナル小説サイト「渇き」

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SS『曇天』

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 人間は、天使と悪魔から産まれた子なのかもしれない。

 いつだったか私はそんなことを思いついた。いつ、何歳の頃かは思い出せないが、生ぬるい雨が鼻にじめっとした臭いと共に思い出させる。きっと今日と同じ梅雨のころの話だろう。

 幼い私はどうやったら子供ができるかなんて知りもしなかった。母と父がいて、どういう仕組みかは分からないが一緒にいれば子供ができるのだと漠然と感じていた。それにしてはよくまあ思いついたものだと、二十歳になった私は苦笑した。

 私はお酒が飲めない。煙草も吸えない。働くこともできない。

 変わったことと言えば、小難しく自分の思想を述べているようで自分が当選するために必死に理想を街頭で語る政治家の話を嫌でも聞かなくてはならなくなったことだろうか。政治に無関心な若者が増えたとメディアは叫ぶが、無関心で私の人生を少しでも左右されることは私が許せなかった。

 もし天使がいるのなら、私を癒してくれるだろうか。私を蝕む病魔は現代医学をもってしても治すことはできない。だが、かと言って死ぬこともない。救いのない人生を歩むほかないと絶望することにも飽きてしまった。悲劇のヒロインごっこに付き合ってくれた男もいたが、私は彼にとって自尊心を満たすだけの道具でしかないことに気付いてしまった。

 彼は私にとって悪魔だっただろうか。悪魔と契約しても私に魔法は使えなかった。セックスの快楽は覚えたが、キモチイイことであるということ以外に意味を見いだせなかった。幼いころに夢見た子供の作り方はなんてあっけないのだろう。たったの数分、身を任せて喘いでいるだけだ。時折愛の言葉を嘯けば喜ばれる。そんな空虚な嘘を覚えても、私は満たされることはなかった。

 もしも天使と悪魔が愛し合ったら、と大人になった私はもう一度思いをはせる。天使は憎むことができない。悪である悪魔さえも愛してしまう。たとえそれが禁忌でも。

悪魔は私欲のために嘘をつく。天使に愛を求めて「愛している」と嘘をつく。でもそれがいつか本当の気持ちになったとき、奇跡は起きるのだろう。

 なんだ、私も悪魔じゃない、と自嘲気味に笑った。彼への愛の言葉は残念ながら本意にはならなかったけれど。

 ビルの屋上で、雨に濡れたまま私は空を見ていた。私は自分が可愛くてしょうがない。早く楽にしてあげたい。そうね、天使や悪魔ではなく死神がいればいいのにね。私は何か罪を犯した気がするわ。魂の浄化は死を以って行われる、と言ったのは誰だっけ。と一人雨に笑った。この世の終わりなんて来ない。この世は常に存在し、終わるのはその個体が認識する力だ。

 

 さあ、終わらせましょうか。

 

 私が最後に見た空は、私にお似合いな暗く淀んだ曇天だった。

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