オリジナル小説サイト「渇き」

恋愛小説、純文学、エッセイを扱った小説家・佐倉愛斗オリジナルサイト

Vanilla05

←前のページ 目次 次のページ→ 一目惚れ。その言葉にシャルはスプーンを落とした。こみ上げる吐き気と目の前が真っ暗になるような眩暈。立ち上がるとシャルは部屋を飛び出した。 廊下を行けども行けどもこの家は広すぎた。どこを曲がったら外に出られるのだ…

Vanilla04

←前のページ 目次 次のページ→ 北原の住むアパートから車で十五分ほどの高級住宅街。繁華街の不潔さなんてみじんも感じない空気すら違って思える場所にシャルは居心地の悪さを感じていた。 シャルは昨晩のショーのことを思い出していた。清潔なスーツを着た…

Vanilla03

←前のページ 目次 次のページ→ 朝、隣に誰もいない孤独で目が覚めた。 あたりを見回しても雑多なアパートの一室に北原の姿はない。シャルが持っている唯一の私服である青いスウェット生地のパーカーに袖を通して狭いキッチンの先の玄関を確認すると北原の靴…

Vanilla02

←前のページ 目次 次のページ→ 「ショー? ショーなら今、しているじゃない」 シャルは男の問いに呆れたように答えた。周囲の客がざわつくのが分かる。 「私だけのショーが見たいんだ」 スーツ姿の男は自分を見下すシャルから目を逸らさなかった。シャルは鼻…

Vanilla01

目次 次のページ→ 薄暗い、この世から隔絶された部屋。繁華街の端っこにある小さなクラブのステージで、少年は妖艶に鞭を振るった。男は雄豚のような悲鳴をあげて、擦れて嫌に光る木の板に倒れる。ステージを囲む観客達は少年の冷たくも恍惚とした表情に息を…

022気付いてないでしょう

←前のページ 目次 次のページ→ 中学生のとき、とても仲のいい男の子がいた。 当時は携帯電話の時代で、「ガラケー」とも呼ばずに「ケータイ」と呼んでいた。 彼は同じ部活の同級生で、いつも一緒にいて、学校の帰りはよく一緒に寄り道をした。寄り道と言って…

021/恋人の残り香

←前のページ 目次 次のページ→ 自分の布団とは、あまり仲がよくない。 よく蹴飛ばして起きたら足元で小さくなっている。 そのくせ抱き枕になっている親密な日もあれば、どっしりと僕に覆い被さって逃してくれない日もある。 要するに僕の布団は気まぐれなの…

020/かわりゆく

←前のページ 目次 次のページ→ 幼い頃ってどうしてあんなにいろんなものが平気なのだろう。 ナメクジを飼ってみたり、バッタを釣ったり、ザリガニを捕まえたり。 今ではできない芸当だ。 ダンゴムシも、昔は大好きだった。 つっつくとコロンとまるくなり、そ…

019/生きていること

←前のページ 目次 次のページ→ 僕が初めて蛙を見たのは、車に轢き潰されたウシガエルだった。薄く伸びたゴム風船のようだと思った。口からはみでた赤黒いものが、かつてこれが生き物だったのだと表していた。生きているのかどうか。生きていたのかどうか。そ…

018/貧富

←前のページ 目次 次のページ→ 自分の家が裕福であると気づいたのは、家そのもの、建物そのものが立派であることに気づいたからだった。 住宅街には僕の家と大差ない大きな家が並んでいた。同じ区画の同じ家ばかり。 けれどこの小さな世界ではスタンダードで…

017/ひとりになれる夜

←前のページ 目次 次のページ→ 入院中、僕はあえて昼夜逆転していたことがある。 眠剤が効かないとか不眠とかではなく、昼間に寝られるだけ寝て、夜中起きていた。 昼間は、他の患者たちの声がした。 楽しそうに談笑する声。怒り狂う声。泣き叫ぶ声。 そうい…

016/不自由な昼

←前のページ 目次 次のページ→ 僕は高校二年生で中退している。病が原因だった。 一年の途中から行けない日が増え、昼間、外を出歩くことが増えた。 遊び歩いていたわけではなく、学校へ行く前に病院へ行き、飲食店で昼食を取ってから登校した。もちろん、制…

015/朝の贅沢

←前のページ 目次 次のページ→ 誰も起きていない時間が好きだ。世界に一人だけ生まれてきたような特別感があるからだ。 起きて、スマホをチェックして、顔に朝専用のパックを貼りながら手帳を書く。インスタグラムに載せたらパックを外してクリームを塗る。…

014/冬のニオイ

←前のページ 目次 次のページ→ 季節にはさまざまなニオイがあると思う。 そのなかでもとりわけ僕は冬のニオイが好きだ。 冬の玄関。僕はこのニオイで冬が来たことを自覚する。 形容しがたく「冬のニオイ」としか言えないのだが、胸にすっと入ってくる冷たさ…

013/赤いもみじに

←前のページ 目次 次のページ→ 「紅葉が隠してくれるから大丈夫だよ。こんなにも赤いんだもん」 山の斜面にある神社。僕は彼女とキスをした。 学校帰り。抑えきれない衝動。触れたくてたまらなかった。 どこなら人がいないだろうと神社に入った。そこには真…

012/多様な学生たち

←前のページ 目次 次のページ→ 僕は夏になると東京へ行く。大学のスクーリングを受けるためだ。 僕は持病のために大学へ通うことができず、こうして通信制の大学に在籍している。 東京は空気の匂いが違う。洗練されていて、そしていい意味で他人行儀。人に深…

011/桜グッズと僕の死

←前のページ 目次 次のページ→ 桜が散ると、僕は一度死んでしまったような気分になる。心の中が空っぽになって、その孔に桜吹雪が吹き抜けていくような悲しさがある。僕が「さくら」という名だからだろうか。 本名は別に「さくら」ではない。かすりもしてい…

010/求めないけど求めてる

←前のページ 目次 次のページ→ 好きな人はいるか、と問われると、それはどういう意味の「好き」?と問わなくてはならない昨今。 ここでは大きく「好意を持っている、親愛を感じている人」の話にする。 僕にはありがたいことに友人がそれなりにいるつもりだ。…

青嵐吹くときに君は微笑む Side girls 私のお兄ちゃんたち

←前のページ 目次 十二月二十四日は何の日かと問われると、推しの誕生日と答える。それが私たちアイドルオタクの定番で、だからまさかデートに誘われるとは思っていなかった。 いや、彼氏なのだからデートに誘うだろう。なんたって世間ではクリスマスイブ。…

青嵐吹くときに君は微笑む Side girls 夢じゃないから消えない

←前のページ 目次 次のページ→ やっぱり、ないか。 ギャラリーの壁に並べられた女性の絵。ギャラリーといえば私は学校の遠足で行った県立美術館のような壁も床も天井も、真っ白すぎる空間を思い浮かべる。けれどここはノスタルジックな和室で、畳の柔らかさ…

青嵐吹くときに君は微笑む Side girls 桜蘭咲くときに君は囁く

←前のページ 目次 次のページ→ 「はぁあ、リア充共がいちゃつきよって。私に春は来ないのかねー」 「私も彼氏欲しいです。お兄ちゃん爆発してよ」 酒本邸のリビング。こたつが片付けられたラグの上で女の子が二匹打ち上げられていた。 「こらこら、床で寝な…

青嵐吹くときに君は微笑む Side Boys ひだまりの匂い

←前のページ 目次 次のページ→ 俺たちが一緒に暮らし始めて、初めての冬が来た。 「渚、洗濯物畳んじゃうね」 キッチンの方から「零くんありがとー」と愛くるしい声が飛んでくる。同じ生活空間に愛しい人がいる。頬の内側から幸せが染みだしてぴりぴりと産毛…

青嵐吹くときに君は微笑む Side Boys 悲しみにカーネーション

←前のページ 目次 次のページ→ 「渚ちゃんはどうしてるかしらね」 日曜日の昼、家族そろってラーメンを食べていると母さんが急に言い出した。 「ほら、渚ちゃんってひとり暮らしなんでしょう? 今日のお昼もひとりなのかしら」 「さあ……」と俺は首をかしげる…

009/物言わぬ君

←前のページ 目次 次のページ→ 僕の家にはうさぎがいる。「山葵さん」というブルーシルバーの毛のミニウサギだ。しかし今日は山葵さんの先代、「紅葉さん」の話をしよう。 紅葉さんは僕が中学1年生になる少し前に家に来た。 僕の小学生生活は明るくなかった…

008/老い

←前のページ 目次 次のページ→ 前話とは違う方の祖父母の話をしようと思う。 祖母は看護師で、病弱な僕のよき理解者だ。一方、祖父は頑固でいつも何かに腹を立てている。 今日はその祖父の話をする。 僕が幼い頃、祖父はとても教育熱心で、幼い僕や弟、いと…

青嵐吹くときに君は微笑む Side Boys つなぐ

←前のページ 目次 次のページ→ 車窓に切り取られた田園風景。俺たちの住んでいるあたりも都会とは言えない同じような風景だけれど、故郷からは離れた、違う風景だということだけは分かる。その場所固有の風景なのかは分からないけれど、非日常にやってきたと…

ひだまりの中で君は手を引く 11(完)

←前のページ 目次 次のページ→ 「自分もついてきてよかったの?」 秋晴れの日、ほんの少し寒くてマフラーを出そうか迷った。電車で市街地へ向かい、そこから歩いて二十分ほどの劇場に足を運んでいた。 「彼氏さん、余計怒るんじゃないかな」 皐は不安そうに…

ひだまりの中で君は手を引く 10

←前のページ 目次 次のページ→ 「零ちゃん先生ごめん」 エレベーターの中で皐は言った。 「でも、自分は諦めないから」 皐を送って部屋に戻るとき、死刑囚の気持ちを味わっていた。いや、離婚調停のほうがぴったりか。 部屋に戻ると渚は静かに正座していた。…

ひだまりの中で君は手を引く 09

←前のページ 目次 次のページ→ 渚と連絡を取れないまま時は流れた。どんな声だっけ。どうやって接していたっけ。時が経つほど分からなくなってゆく。 きっと俺はどこかで立ち止まったままで、滴や、夢を叶えた華さん、そして渚はどんどん前へ進んでいく。卑…

ひだまりの中で君は手を引く 08

←前のページ 目次 次のページ→ とても気まずい。 華さんには気付かれていないけれど、俺は酷く混乱していた。 「零ちゃん先生、気持ち悪く思った?」 渚にも同じ事を言われたことがある。彼が男性と付き合っていたことを明かした日だ。 俺は男で、皐は女。何…