オリジナル小説サイト「渇き」

恋愛小説、純文学、エッセイを扱った小説家・佐倉愛斗オリジナルサイト

嘘つきは物語の始まり エピローグ ある酒場にて

←前のページ 目次 彼女は真っ赤なサマードレスを着て、カウンターの向こうのバーテンダーと話していた。 「誰が最初に言い出したのかしら。『本当のことは言ってはいけない』って」 バーテンダーはカクテルグラスの淵までぴったりと真っ赤なカクテルを注ぐと…

嘘つきは物語の始まり 第五夜 夢語――――おやすみ

←前のページ 目次 次のページ→ 「僕には夢があります」 僕は眠ってしまったアヤカさんに話しかけた。いつものアヤカさんなら「君から話しかけるなんて珍しいわね」なんて笑ってくれるだろう。 「でもここでは嘘しか言えません。だから、嘘だと思って聞いてく…

嘘つきは物語の始まり 第四夜 自慢――――コイゴコロ

←前のページ 目次 次のページ→ 「そういえば、君の自慢を聞きたいなぁ」 今日のアヤカさんは珍しく酔っているようだ。目元が潤んで少しだけ赤い。 「アヤカさん、飲みすぎじゃないですか?」 「あら、女が飲みすぎているときは大体失恋したときなのよ」 えっ…

嘘つきは物語の始まり 第三夜 花々――――涙色の紫陽花

←前のページ 目次 次のページ→ 樫の一枚板のテーブルの上に空の花瓶があった。 「アヤカさん、あれは何ですか?」 カウンターで見つけた彼女に胸を弾ませて尋ねる。アヤカさんは期待するように微笑むと、顎で花瓶の先に座る男を指した。あの男は昨日も、その…

嘘つきは物語の始まり 第二夜 母親――――赤

←前のページ 目次 次のページ→ 僕は再びこの酒場に足を踏み入れた。今日は太めのチノパンに、白地に細い紺のボーダーのTシャツ、挿し色にショッキングピンクの薄手のシャツを腰に巻き付けている。まるで大学生の彼女とデートに行くような服だと僕は笑ったが…

嘘つきは物語の始まり 第一夜 故郷――――三毛猫のいる町

←前のページ 目次 次のページ→ バーカウンターで各々カクテルを受け取ると、樫の一枚板のテーブルを囲んだ。僕も皆がそうするようにそっとシャーリーテンプルをテーブルに置く。 アヤカさんはテーブルにはつかず、カウンターで古書を広げて僕らの話をバック…

嘘つきは物語の始まり  第零夜 自分――――薬売り

←前のページ 目次 次のページ→ 「君、知らない顔ね」 天井まで堆く積まれた書籍と薄暗い店内の香りに怯えながら奥のバーカウンターまでたどり着くと、真っ赤なカクテルに口を付ける女性に声をかけられる。カクテルと同じ真っ赤なサマードレスから覗く腕は細…

嘘つきは物語の始まり プロローグ ある酒場にて

目次 次のページ→ 地下一階、今日が燃え尽きる赤と共に階段から夏の名残の湿り気を帯びた風が吹き込んでくる。かき混ぜられた風は本の表紙をめくり、古めかしい紙とインク、そしてアルコールの臭いが鼻を刺した。 ここは物語を紡ぐ者たちが集う小さな酒場だ…

SS『騒音』

←前のページ 目次 うるさい。 この感情が僕の脳内で鳴り響いてたまらなかった。 人の足音、冷蔵庫の待機音、本をめくる音、小鳥の囀り、キーボードを叩く音。 試しに耳栓をしてみたけれど、血の巡る音が喧しくてたまらなくてすぐにやめた。 「何も聞こえなく…

SS『音楽の神様』

←前のページ 目次 次のページ→ 「お姉ちゃんはさ、なんでまだ吹奏楽やっているの?」 その日はやけに月が大きく、夜空の守り神のような夜だった。 必要最低限のもの以外段ボール箱につめて、殺風景になった妹の部屋にはもうカーテンすらない。月明かりが私た…

SS『曇天』

←前のページ 目次 次のページ→ 人間は、天使と悪魔から産まれた子なのかもしれない。 いつだったか私はそんなことを思いついた。いつ、何歳の頃かは思い出せないが、生ぬるい雨が鼻にじめっとした臭いと共に思い出させる。きっと今日と同じ梅雨のころの話だ…

SS『糸』

←前のページ 目次 次のページ→ 私には糸が見える。 この不可思議な現象を知るため縋り付いた、知り合いの胡散臭い自称魔女には、それは「運命を表している」と言われた。 確かに私には関わる人と私とが様々な色で繋がっているのが見える。人々をつなぐ糸は幾…

SS『僕の性服』

←前のページ 目次 次のページ→ 僕はスカートを履いてみた。真っ黒な膝丈のプリーツスカート。場所は来月から通う中学校の隣にある制服取扱店。嫌に緊張して、これを毎日繰り返すのかと思うと目の前が真っ暗になった。どうして僕は他のオンナノコみたいに進学…

SS『性徴』

←前のページ 目次 次のページ→ 私は鏡を見て憂鬱になった。 私は十三歳で、中学校に行くために真っ黒な詰襟を着る。お葬式みたいなそれはまだぶかぶかで、袖なんて余って私の手の殆どを隠してしまう。同じく真っ黒なスラックスは裾が折り返されてアイロンテ…

SS『貴女まで』

目次 次のページ→ 冷たい雨が体温を奪っていったように、私の夫は静かに亡くなりました。 八十一歳。もう十分生きたと家族の誰も泣きません。良い人生を全うしたと息子たち、そしてたくさんの孫たちひ孫たちは穏やかな表情で夫を見送りました。「おばあちゃ…

nameless color『さようなら、ビタースウィート』

←前のページ 目次 赤ちゃんみたいな小麦粉の香り。バターと砂糖が焼ける香ばしさ。甘いミルクとクリームをかき混ぜる音色にテンパリングされたチョコレートの光沢。それらは人を幸せにするものだ。 「はぁ……」 色とりどりのケーキと洋菓子が並ぶショーケース…

nameless color『夜が聴こえる』

←前のページ 目次 次のページ→ 僕はシャボン玉の中にいた。世界は膜の向こうで揺らめいて、僕は触れることができない。 広間のテレビでは誰がつけたでもなく、淡々とニュースが読み上げられている。大型トラックと軽自動車が出合い頭に衝突。軽自動車に乗っ…

nameless color『造花の花は芽吹かない』

←前のページ 目次 次のページ→ オレたちにはそれぞれ彼女がいる。 オレ、美景(みかげ)の彼女は巴月(はづき)。寂しがり屋で可愛い奴。 そして親友の颯(はやて)には華ちゃんというしっかり者の彼女だ。 お互いの大切な人。それは決まりきったこと。 造花の種は…

nameless color『ムラサキ』

←前のページ 目次 次のページ→ 私は小学六年生の定期検査で、ある診断を下された。 「あなたは、魔法使いです」 その言葉は私にとって可能性の始まりであり、同時に桎梏となった。 四年後、高校生になった私は、保健体育の座学の授業で「魔法使い」について…

nameless color『名前のない色』

目次 次のページ→ 一日目。神が「光あれ」と言うと、暗闇だった世界に昼と夜が、「色」が世界に生まれた。 「なあ三好、お前ってどっちなの?」 冬の世界は色を失い、真っ白で、僕の色を鮮やかに映し出す。 高校の物理室での授業後、僕と級友数人でそのまま…

Vanilla ice cream

←前のページ 目次 「北原さん、お腹空いた」 シャルと呼ばれた少年、愛実(つぐみ)はあの小さなアパートに来ていた。壁には雑多に段ボールが詰まれ、小さなテレビとくたびれた紺色の布団のかけられたパイプベッドがあるだけの小さな部屋。シャルだったころ…

After Vanilla

←前のページ 目次 次のページ→ 緑の香りというものがこんなに芳しいのだとシャルと呼ばれた少年、愛実は知った。部屋の窓を開け放つと麗らかな陽気に照らされた庭の草木が輝いている。 「真琴、おはよう」 さらさらの寝癖のついた髪をかきあげる愛しい人に愛…

Vanilla13(完)

←前のページ 目次 次のページ→ 今日は泊まっていきな、と北原は理由も聞かずにお湯を注いだカップラーメンと使い捨てのフォークを渡した。いつでも薄暗いこのアパートではいつ日が昇っていつ日が沈むのか分からなかった。蛍光灯に照らされた自らの足を見る。…

Vanilla12

←前のページ 目次 次のページ→ シャルと呼ばれた少年、愛実は一人、歓楽街を歩いていた。素足に安いゴム製のサンダル。服は裾がすり切れた青いスウェットのみ。晒された白い足は細く、この街を歩き続けるには心もとなかった。 もう引田のところにはいられな…

Vanilla11

←前のページ 目次 次のページ→ 「いってらっしゃい」 シャルはいつも早起きをして引田を見送るようになった。 「いってきます」 そして必ず、キスをするようになった。 朝の見送りだけではなく帰りも、寝る前も、廊下ですれ違った時でさえ首に腕を回しては触…

Vanilla10

←前のページ 目次 次のページ→ 長い昼下がりが終わり、世界は夜の街に変わった。 ただいま、といつもより明るい声色を繕って引田は帰宅した。自室から出迎えてくれたシャルを抱きしめると甘い香りが引田の本能をくすぐった。 「シャル君、今日は君の好きなプ…

Vanilla09

←前のページ 目次 次のページ→ 二度目の朝がやってきた。今日は早く目が覚めた。眩しすぎるほどの木洩れ日にはまだ目が慣れない。全身に残る性の気だるさにシャルは満足していた。 横で眠る飼い主の頭をシャルはそっと撫でる。整髪料の付いていない柔らかく…

Vanilla08

←前のページ 目次 次のページ→ シャルは初めてデパートというものに足を踏み入れた。世界のことを知らなくても分かるほど清潔で高級な香り。黒いポロシャツと白いパンツを着たシャルは高級なブランド店が並ぶデパートでも霞まない美しさを放っていた。 「萩…

Vanilla07

←前のページ 目次 次のページ→ シャルが目を覚ますと、広いベッドの隣には誰もいなかった。 昨日のことが夢ならいいのにと周りを見渡してもそこは北原と暮らした雑多なアパートではなく、高級そうな家具が整然と並んだ知らない一室だった。小鳥の囀りがひど…

Vanilla06

←前のページ 目次 次のページ→ 「初日から夜這いとは嬉しいんだけど、どうしたのかい? シャル君」 「今から僕がここでオナニーしてあげるよ。見たいんでしょう?」 シャルはゆったりと舐めるような口調で話す。シャルの瞳の中に暗い炎が宿っているようで、…